2社間ファクタリングの実態を明らかにするうえで、最も重要なのは、一つの証拠だけで貸金性を証明しようとしないことである。
契約書だけを見れば債権譲渡に見える。
HPだけを見れば単なる広告に見える。
担当者の発言だけを見れば、その場限りの説明に見える。
入出金記録だけを見れば、売掛債権の買取代金と手数料の支払いに見える。
しかし、それらを一つの取引として時系列に並べると、別の姿が見えてくることがある。
まず「業者が何を説明していたか」を見る
最初に確認すべきなのは、利用者が契約する前に業者から何を説明されていたかである。
HPでは「売掛債権の買取」と説明している。
ところが、担当者とのやり取りでは「○日後に○万円を返してください」と説明している。
さらに、審査では売掛先の信用力よりも、利用者自身の返済能力や資金繰りを細かく確認している。
この時点で、契約書の形式とは異なる取引の姿が現れる。
もちろん、これだけで貸金と認定されるわけではない。
しかし、少なくとも「何を売買したのか」という問題を考えるための具体的な事実が生まれる。
次に「実際に何が行われたか」を見る
次に重要になるのが、実際の金銭の流れである。
業者から利用者にいくら振り込まれたのか。
利用者はその後、いくら支払ったのか。
その支払いは売掛先から入金された金額と一致しているのか。
それとも、売掛先からの入金とは無関係に、利用者自身が一定額を業者に支払う仕組みになっていたのか。
さらに、支払額が「売掛債権の回収額」ではなく、最初に交付された金額に一定の手数料を加えた金額として固定されているのであれば、その金銭の流れは重要な意味を持つ。
ここでは、銀行口座の入出金記録が重要になる。
契約書の文言ではなく、実際に誰から誰へ、いつ、いくらの金銭が移動したのかを確認できるからである。
「返済義務」がどこに存在していたのか
さらに重要なのが、利用者に返還義務が存在していたかどうかである。
債権譲渡であれば、原則として債権を買い取った側が、その債権の回収不能リスクを負う。
しかし、実際には売掛先が支払わなかった場合でも、利用者が業者に金銭を支払うことになっていたのであれば、話は変わってくる。
ここで確認すべきなのは、契約書に「買戻し義務はない」と書かれているかどうかだけではない。
実際に業者が利用者に何を要求したのかである。
「売掛先から入金されなければ、あなたが払ってください」
「○日までに必ず入金してください」
「払えなければ別の売掛金を出してください」
こうした要求が実際に行われていたのであれば、それを示す録音やメッセージは、契約書とは異なる実際の運用を示す資料になる。
業者自身の言葉と実際の取引を重ねる
ここで初めて、HPやコラムの意味が変わってくる。
HPに「返済」という言葉があるだけなら、それは個別取引の貸金性を直接示すものではないかもしれない。
しかし、業者がHPで説明している取引方法と、担当者が実際に説明した内容と、契約書と、入出金記録と、利用者への請求が一致しているのであれば、それぞれの証拠が同じ営業スキームを指し示すことになる。
例えば、
HPでは「30日後に資金を返済する」と説明している。
担当者も「30日後に返してください」と説明している。
契約書では「30日後の債権回収金を引き渡す」と書かれている。
実際には、売掛先からの入金がなくても利用者自身が30日後に一定額を支払っている。
このように、それぞれの証拠を時系列で並べることで、単独では意味が曖昧だった事実が、一つの取引構造としてつながる可能性がある。
証拠は「点」ではなく「線」で見る
2社間ファクタリングの立証で重要なのは、証拠を点として見るのではなく、線として見ることである。
HPの記載。
問い合わせ時の説明。
審査時のやり取り。
契約書。
資金の交付。
支払期日の指定。
担当者からの請求。
売掛先からの入金。
利用者から業者への支払い。
これらを時系列に並べる。
すると、契約書上は「債権譲渡」であっても、実際の取引が「業者が一定額を交付し、一定期間後に利用者からそれ以上の金額を回収する」という構造になっていることが見えてくる場合がある。
そのとき初めて、個々の証拠が一つの意味を持つ。
「証拠がある」だけでは足りない
ただし、ここで重要なのは、証拠を大量に集めればよいという話ではない。
証拠には、それぞれ役割がある。
HPは業者の営業方法を示す。
担当者の録音は、個別の取引における説明や合意を示す。
契約書は、業者が作った形式を示す。
入出金記録は、実際の金銭の流れを示す。
請求書やメッセージは、業者が実際に何を回収しようとしていたのかを示す。
重要なのは、それぞれの証拠が何を証明するのかを明確にすることである。
「このHPがあるから貸金だ」
「この録音があるから貸金だ」
という単純な話ではない。
「このHPは業者の営業方法を示す」
「この録音は、その営業方法が実際の利用者に対して行われたことを示す」
「この契約書は、表面上は債権譲渡という形式を採用していたことを示す」
「この入出金記録は、実際の金銭の流れがどのようになっていたかを示す」
「この請求記録は、業者が利用者に対してどのような支払いを要求したかを示す」
というように、一つひとつの証拠が担う役割を分けて考える必要がある。
最後に問われるのは「この取引は何だったのか」である
こうして証拠を積み上げていくと、最終的に問われるのは、契約書に何と書いてあるかだけではなくなる。
業者は何を説明したのか。
利用者は何を理解して契約したのか。
業者は何を基準に資金を交付したのか。
誰が回収不能のリスクを負っていたのか。
業者は誰に対して、何を返すよう要求したのか。
そして、実際にどのような金銭の移動があったのか。
これらをすべて一つの取引として見たとき、その実態が本当に債権の売買だったのか、それとも金銭を交付して一定期間後に回収する貸付だったのかが問題になる。
2社間ファクタリングの形式を崩すために必要なのは、「ファクタリングは怪しい」という主張ではない。
業者自身の言葉を集め、業者自身が作った契約書を確認し、実際の金銭の流れを追い、実際の回収行為を記録する。
そして、それらを一つの時系列に並べる。
そうすることで初めて、契約書という一枚の紙の裏側にある取引の全体像が見えてくる。
そして、その全体像が「債権を買い取った取引」ではなく、「金銭を交付し、それ以上の金銭を回収する取引」であるなら、そこで初めて、契約書に書かれた形式そのものを問い直すことができるのである。

