2社間ファクタリングの事実認定で問われる「個別の行為」と「取引の構造」

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一件の特殊事情として片付けてよいのか

2社間ファクタリングの取引について、ある利用者に対して業者が「返済」という言葉を使った、あるいは利用者本人に支払いを求めたという事実が明らかになったとする。

業者側からすれば、それを「その担当者の言葉遣いにすぎない」「その案件だけの例外的な対応だった」と説明することはできる。

しかし、そこで事実認定を止めてよいのだろうか。

問題は、その行為が一度だけ存在したのか、それとも、その会社の取引方法として繰り返されていたのかである。

一件だけを取り上げれば、確かに特殊事情として説明できるかもしれない。

しかし、同じ業者について、別の利用者にも同じ説明が行われ、同じような支払要求があり、同じような督促が行われていたとすれば、もはや「たまたまそうなった」という説明だけでは足りなくなる。

そこで問題になるのは、一つ一つの案件の特殊性ではない。

その会社は、そもそもどのような取引方法で営業していたのか。

この問題である。

繰り返される行為には、取引の仕組みが現れる

企業が一度だけ行った行為と、同じ行為を何十件、何百件という取引で繰り返している場合とでは、その事実が持つ意味は当然違ってくる。

例えば、ある担当者が一度だけ「返済」という言葉を使ったのであれば、それだけで会社全体の営業方法を決めつけることはできない。

しかし、ホームページにも返済を思わせる表現があり、営業担当者も同じ説明をし、契約後にも利用者から一定額を回収し、支払いが遅れれば督促するという行為が繰り返されているのであれば、それらをすべて別々の偶然として扱うことには無理がある。

そこには、共通した取引方法が存在していた可能性が出てくる。

もちろん、ここでも「複数の事例があるから貸金だ」と短絡するべきではない。

まず認定すべきなのは、同じような行為が繰り返されていたという事実である。

その事実が認定されれば、次に、その行為が個々の担当者の判断だったのか、会社として定められた営業方法だったのかが問題になる。

そして、会社として繰り返していたのであれば、その行為は単なる担当者の言葉遣いではなく、その会社が利用者との間でどのような取引を行っていたのかを示す重要な事実になる。

ホームページの記載も、ここで意味を持ってくる

ここで、以前問題になったホームページや体験談、コラムなどの意味も見えてくる。

ホームページに「返済」「返済期間」「毎月の返済」といった表現があったとして、それだけで個別の取引が貸金だったと認定できるとは限らない。

しかし、だからといって、その記載が無意味になるわけでもない。

例えば、ホームページ上で利用者に対して返済を前提とする説明を行い、営業担当者も同じ説明をし、契約後には実際に利用者からその金銭を回収していたのであれば、ホームページの記載は、単独で結論を証明する証拠ではなく、会社がどのような取引を想定し、どのように利用者へ説明していたのかを示す事実として意味を持つ。

ここを取り違えてはいけない。

「ホームページだから証拠にならない」のではない。

問題は、ホームページから何という事実を認定できるのかである。

その会社が実際にそのような表現を掲載していた。

その表現が営業担当者の説明と一致していた。

さらに、その説明どおりの運用が契約後に行われていた。

そこまで事実がつながれば、ホームページの記載は孤立した広告文ではなくなる。

会社の営業方法を示す一つの事実として、他の証拠と結び付いてくる。

一件の取引を超えて見なければ、構造は見えない

2社間ファクタリングの実態を問題にするとき、被害を受けた利用者一人の契約書だけを見ていては、どうしても限界がある。

なぜなら、その一件だけでは、その業者が普段どのような営業をしていたのかが分からないからである。

ところが、同じ会社について複数の取引を確認すると、個別案件では見えなかった共通点が現れることがある。

同じ説明。

同じ契約形式。

同じ資金交付。

同じ支払要求。

同じ督促。

同じような契約終了までの経過。

これらが繰り返されているのであれば、それは一件ごとの偶然ではなく、その会社が採用していた取引の構造として捉える必要が出てくる。

ここで初めて、事実認定は個別の出来事から取引全体へ広がる。

そして、この視点は非常に重要である。

なぜなら、業者側が一つ一つの案件について「これは例外だった」「これは担当者の判断だった」と説明すればするほど、複数の案件に共通する事実との整合性が問題になるからである。

同じことが繰り返されているなら、それをすべて例外として説明すること自体が、一つの説明になる。

そして、その説明が本当に合理的なのかを裁判所は検討しなければならない。

「例外」という説明にも限界がある

一件の異常な行為なら、例外として処理できる。

二件、三件と重なれば、偶然なのかが問題になる。

さらに同じ行為が会社の広告、営業説明、契約、請求、督促という複数の場面に現れているのであれば、もはや一つの担当者の問題として片付けることは難しくなる。

そこには、取引を成立させる前から終了するまで、一貫した考え方が存在していた可能性がある。

重要なのは、最初から「会社ぐるみだった」と決めつけることではない。

そうではなく、会社ぐるみなのか、偶発的なものなのかを判断できるだけの事実を認定することである。

そのためには、一件の契約書だけを見るのではなく、会社が実際にどのような営業を行っていたのかを見る必要がある。

そして、その営業方法が契約後の実際の運用と一致しているのであれば、個別の言動として処理する理由はますます薄くなる。

2社間ファクタリングの実態を明らかにするということは、利用者一人の「被害」を証明することだけではない。

その会社が、どのような仕組みを作り、どのような説明をし、その仕組みを実際にどう運用していたのかを明らかにすることである。

そこまで事実が明らかになれば、問題は「この一件は何だったのか」から、「この会社は一体どのような取引を行っていたのか」へ変わる。

そして、その問いに答えるためにこそ、個々の証拠を一つずつ切り離して見るのではなく、会社の営業活動全体の中で結び付けて見る必要がある。

一件の行為を例外として消してしまえば、取引の構造は永遠に見えてこない。

だからこそ、事実認定では「その一件で何が起きたのか」だけではなく、「同じことが他でも起きていなかったか」を問う必要があるのである。