なぜ業者は利用者が何に使う金を渡したのか
2社間ファクタリングを実態から見るのであれば、資金が交付された後、その金銭が何に使われたのかという点も無視できない。
もっとも、ファクタリングで調達した資金を利用者が事業資金として使うこと自体は当然あり得る。したがって、「運転資金に使った」という事実だけから貸金だと判断することはできない。
問題になるのは、業者がその金銭をどのような目的のものとして利用者に交付していたのかである。
例えば、業者が利用者の資金繰りそのものを把握し、「今月の支払いにいくら必要なのか」「いつまで資金が必要なのか」という事情を確認した上で金額や支払期日を決めていたのであれば、そのやり取りは単なる債権の売買とは別の角度から検討する必要がある。
債権の価値ではなく、利用者の資金需要を見ていなかったか
債権の売買であれば、当然、その債権にどれだけの価値があるのかが重要になる。
一方で、利用者がいくら必要としているのかを中心に取引条件が決められていたのであれば、その事実は別の意味を持つ。
「100万円必要だから100万円渡す」という判断と、「この売掛債権には100万円の価値があるから、その価格で買い取る」という判断は、結果として同じ金額になったとしても、取引を成立させる考え方は違う。
もちろん、実際のファクタリング業者が利用者の資金需要を確認すること自体を違法と評価することはできない。
だからこそ、重要なのは、その確認が何のために行われ、その情報が実際の契約条件にどう反映されていたのかである。
売掛債権の内容や回収可能性を確認するためだったのか。
それとも、利用者に必要な金額と、その後に利用者から回収する金額を決めるためだったのか。
そこを事実として確認する必要がある。
資金需要と支払期日が結び付いていたらどうなるのか
さらに重要なのは、利用者の資金需要と支払期日の関係である。
利用者が「今月だけ資金が足りない」と説明し、それに合わせて業者が資金を交付する。
そして、一定期間後に利用者から一定額を回収する。
このような取引だった場合、資金交付の期間と、その後の回収との関係を見る必要がある。
ここでも、「短期間だから貸金だ」と単純に判断することはできない。
短期間の債権譲渡も存在するからである。
しかし、利用者が必要とする金額を基準に資金を交付し、その期間に対応して利用者から一定額を回収するという事実が確認できれば、それが契約書上の債権譲渡とどのように整合するのかを検討する必要が出てくる。
事実認定とは、まさにこういう部分を見ることである。
一つの事実だけで結論を出すのではない。
それぞれの事実が、実際の取引の中でどのようにつながっていたのかを確認する。
「何に使ったか」より「なぜその条件だったのか」
ここで注意したいのは、資金使途そのものを過大評価しないことである。
利用者が仕入れに使った。
従業員への支払いに使った。
税金の支払いに使った。
それだけでは取引の法的性質を決めることはできない。
むしろ重要なのは、なぜその金額が交付され、なぜその金額を後から支払うことになったのかである。
例えば、売掛債権の額が1000万円なのに、利用者が必要としている300万円を基準として契約条件が設定されていたとすれば、その判断過程を確認する意味がある。
その300万円という金額は、債権の価値を評価した結果なのか。
それとも、利用者の資金需要に合わせた結果なのか。
さらに、業者が最終的に利用者から回収する金額がどのように決まったのか。
こうした事実をつなげていけば、契約書だけでは見えない取引の設計思想が見えてくる。
業者が何を評価していたのか
結局、ここで問われるのは、業者が取引を成立させる際に何を評価していたのかということである。
本当に売掛債権そのものを評価していたのであれば、その債権の内容、売掛先の信用力、支払期日、回収可能性などが重要になる。
反対に、利用者の資金繰り、必要額、返済可能性、過去の支払い状況などが取引条件を決める中心になっていたのであれば、その事実は当然確認する必要がある。
これも、それだけで貸金と認定されるという話ではない。
しかし、業者自身が何を見て金銭を交付したのかは、取引の実態を明らかにする上で重要な事実である。
契約書に「売掛債権の買取り」と書いてあっても、実際の審査や条件決定が利用者への資金供給を中心として行われていたのであれば、その二つが本当に一致しているのかを検討しなければならない。
実態を見るなら、入口まで戻る必要がある
取引が問題になった後の督促や回収だけを見ても、取引全体の姿は分からない。
そもそも、業者はなぜその利用者に資金を出したのか。
何を確認して金額を決めたのか。
どのような条件を提示したのか。
その条件は売掛債権の価値から導かれたものだったのか、それとも利用者の資金需要から導かれたものだったのか。
ここまで遡って初めて、取引の入口から出口までを見ることができる。
そして、入口では利用者の資金需要に応じて金額を決め、途中では利用者に支払期日を設定し、最後には利用者から一定額を回収していたのであれば、その一連の事実と「債権の売買」という形式がどのように整合するのかが問題になる。
取引の実態を判断するなら、最後に何が起きたかだけを見るのでは足りない。最初に、なぜその金銭が交付されたのかまで見る必要がある。
契約書に書かれた名前ではなく、業者が実際に何を見て、何を基準に金銭を動かしていたのか。
そこに、その取引が何であったのかを考えるための事実がある。

