「債権譲渡」という名前だけで取引の性質は決まらない

ファクタリングのトラブル

債権譲渡という形式は否定していない

2社間ファクタリングの問題を論じるとき、「債権譲渡」という契約形式そのものを否定する必要はない。

売掛債権を譲渡する取引は、当然ながら実際に存在する。

問題になるのは、債権譲渡という形式を採用した取引が、現実にどのように行われていたのかである。

ここを混同すると、「債権譲渡契約だからファクタリングであり、ファクタリングだから貸金ではない」という循環した説明になってしまう。

契約の名前から取引の性質を決め、その決めた性質を根拠に契約の名前を正当化する。

それでは実態を検討したことにならない。

売買されたはずの債権を誰が負担していたのか

債権を買い取ったのであれば、本来その債権に伴う経済的なリスクがどこへ移ったのかが問題になる。

売掛先から実際に回収できるかどうかという問題は、債権の価値そのものに関わる。

ところが、形式上は債権を譲渡したことになっていても、実際には利用者がその回収不能の危険を負担し、さらに業者へ支払う金銭まで発生しているのであれば、その関係を確認する必要がある。

ここで重要なのは、「ノンリコースと書いてあるか」といった一つの条項だけを見ることではない。

実際に回収不能が発生したとき、誰がどのような負担をしたのかを見る。

契約書に書かれたリスクの移転と、現実のリスク負担が一致しているのかを確認するのである。

リスクの移転は契約書だけでは確認できない

債権譲渡の実態を判断するのであれば、債権そのものがどのように扱われたのかを見る必要がある。

売掛先からの入金がどこへ入ったのか。

入金されなかった場合に誰が負担したのか。

利用者にどのような対応が求められたのか。

その結果として、最終的に誰が経済的な損失を負ったのか。

これらはすべて、取引の実態を構成する事実である。

そして、その事実関係が契約書の説明と一致しているのか、それとも食い違っているのかによって、取引を見るべき方向も変わってくる。

「債権を買った側」が何をしていたのか

もう一つ重要なのは、業者側の行動である。

本当に債権を取得したのであれば、その後その債権をどのように扱ったのかを見ることができる。

売掛先との関係はどうなっていたのか。

回収について誰が主体となっていたのか。

利用者に対して何を要求していたのか。

利用者からの支払いをどのような理由で受け取っていたのか。

こうした具体的な行動を確認すれば、契約書に書かれた「債権譲渡」という形式が、実際の取引の中でどのように機能していたのかが分かってくる。

形式が存在することと、その形式どおりに取引が実行されたことは同じではない。

形式と実態が一致しているなら問題はない

ここは明確にしておく必要がある。

債権譲渡契約が存在し、実際にも債権が譲渡され、その経済的リスクも譲受人側へ移り、利用者への金銭請求がその売買とは別の合理的な根拠に基づいているのであれば、その取引を直ちに貸金と評価する理由にはならない。

問題なのは逆の場合である。

契約書では債権を買ったことになっている。しかし、現実の金銭関係を見ると、利用者が受け取った金銭を後から業者へ戻すことが取引の中心になっている。

そのような場合まで、「契約書に債権譲渡と書いてある」という一点だけで処理することには無理がある。

最後に問われるのは取引そのもの

結局、問題は非常に単純である。

その取引で、実際に何が行われたのか。

誰が資金を出したのか。

誰がその資金を受け取ったのか。

その資金について、後から誰が誰に対して、どのような理由で支払いを求めたのか。

そして、売掛債権に伴う経済的なリスクを最終的に誰が負担したのか。

これらを一つずつ確認していけばよい。

「ファクタリング」という名称も、「債権譲渡」という契約形式も、それ自体が事実認定を終わらせる言葉ではない。

契約書は取引を説明する資料であって、現実に行われた取引そのものではない。

だからこそ、2社間ファクタリングの適法性を本当に問題にするのであれば、「何という契約を結んだか」だけではなく、その契約によって当事者が現実にどのような金銭関係に置かれたのかまで確認しなければならない。