売掛債権があれば、それだけでファクタリングになるのか
2社間ファクタリングについて議論するとき、しばしば「実際に売掛債権が存在しているのだから、債権売買である」と説明される。
しかし、これは別々の問題である。
売掛債権が実際に存在していることは、その取引において譲渡の対象となる債権が存在していたことを示す。それ自体は重要な事実である。
しかし、売掛債権が存在していることと、その取引によって実際に行われた金銭関係が債権売買だったことは同じではない。
ここを混同してはいけない。
本当に確認すべきなのは「債権があったか」だけではない
例えば、利用者が取引先に対して100万円の売掛債権を持っていたとする。
その債権が実在していることが確認できたとしても、それだけでは業者との取引の性質までは決まらない。
問題になるのは、その100万円の債権について業者との間で何が行われたのかである。
業者はその債権をいくらで取得したのか。その後、その債権はどのように扱われたのか。そして、利用者に対してどのような金銭の支払いが求められたのか。
債権の存在は、その後に続く事実認定の一つの出発点にすぎない。
「債権が存在した」ことを「売買の実態があった」と置き換えてはいけない
ここには、かなり大きな飛躍がある。
売掛債権が存在する。
だから債権譲渡が可能だった。
だから債権譲渡契約を結んだ。
そして、だからファクタリングである。
このように一直線につなげてしまうと、実際の金銭の流れや契約後の当事者の行動が抜け落ちてしまう。
債権が存在していたことは否定する必要がない。
むしろ、債権が実在していたとして、その債権を利用して当事者間で実際にどのような取引が行われたのかを確認することが重要なのである。
債権が実在していても、別の金銭関係は成立し得る
ここをもっと単純に考えると分かりやすい。
利用者に売掛債権が存在していることと、利用者が業者から受け取った金銭を後に業者へ支払う関係が存在していることは、論理的には別の事実である。
前者が事実だからといって、後者の性質まで自動的に決まるわけではない。
だから、売掛債権の存在を確認した後も、業者と利用者の間で実際にどのような金銭関係が作られていたのかを確認する必要がある。
ここを飛ばしてしまえば、「本物の売掛債権があった」という一点だけで、取引全体の性質まで決めることになってしまう。
それでは事実認定として不十分である。
債権の存在は「実態を否定する材料」ではない
もちろん、逆の方向にも注意が必要である。
売掛債権が実在していたからといって、直ちに「だから貸金ではない」と結論づけることもできない。
なぜなら、問題になっているのは、売掛債権が存在したかどうかだけではなく、その債権を利用した取引が実際にどのような金銭関係として行われたのかだからである。
債権が存在していたことと、取引の実態が何であったのかは、分けて認定しなければならない。
この二つを一緒にしてしまうと、売掛債権が存在する限り、どのような金銭関係であっても「ファクタリング」として扱えてしまう。
それでは実態を確認する意味がない。
重要なのは、債権と金銭の関係をつなげて見ること
したがって、事実認定では「債権があった」という事実から先へ進む必要がある。
その債権について、誰がどのような権利を取得したのか。
その対価としていくらの金銭が交付されたのか。
その後、利用者と業者との間でどのような金銭の移動が発生したのか。
そして、それらが一つの取引としてどのようにつながっていたのか。
ここまで確認して初めて、その取引全体を評価するための事実関係が整う。
つまり、売掛債権の存在は重要だが、それは結論ではなく、一つの事実にすぎない。
「本物の債権だから問題ない」という説明では足りない
2社間ファクタリングをめぐる問題で、「売掛債権は実在していた」「架空債権ではなかった」という説明が出てくることがある。
しかし、架空債権ではないことと、その取引がどのような法的性質を持つのかは別問題である。
本当に存在する売掛債権を対象にしていても、その取引について別途確認すべき事実があるなら、それを確認しなければならない。
本物の債権を使っていることは、取引の形式が本当にその実態を表していることの証明にはならない。
ここを切り分けることが、2社間ファクタリングの実態を考えるうえで重要になる。
債権が存在した。
それは一つの事実である。
しかし、その事実だけで「だから債権売買だった」と結論づけることはできない。
最終的に問われるのは、その債権を介して当事者間で現実にどのような取引が行われていたのかである。

