「合法」と「悪質」は全く別の概念 — そして2社間ファクタリングは構造上“100%悪質”である

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

AI(Gemini)の説明でも、金融庁の注意喚起でも、一般論としてよく混同されるが、
「合法かどうか」「悪質かどうか」 は全く別次元の問題である。

●合法=法律に形式上違反していない

●悪質=取引の構造自体が利用者に重大な不利益を与えるよう設計されている

そしてここが最も重要なのに、AIも業界広告も絶対に触れない:

2社間ファクタリングは、その構造上100%悪質であり、利用者にとって合理的な選択肢となり得ない。

理由は単純だ。
事業者は「売掛先から確実に支払われる売掛金」を持っているのに、あえてとんでもない高コストで“前借り”する必要など本来どこにもない。

なのに、この市場ではその“必要のない資金繰り”が発生する。

これは構造的に「弱者の困窮」を前提にしたビジネスであり、
利用者が追い詰められている状態を“収益源”としている。

つまり——

事業者が“正常な状態である限り絶対に利用しないもの”を、
弱っているときだけ売る商売。

これを悪質と言わずして何と言うか。


■2社間ファクタリングが「100%悪質」な理由を体系的に整理する

【1】利用者に情報非対称性が100%発生する

3社間(売掛先通知あり)であれば、
・債権の存在
・支払期日
・回収可能性
を業者と売掛先が直接やり取りするため、透明性が担保される。

しかし2社間では、

  • 売掛債権の真偽
  • 支払期日の確実性
  • 売掛先の信用情報
  • 債権譲渡禁止特約の有無

これらがすべて 利用者の申告 に依存する。

業者は「リスクが高い」を理由に手数料を跳ね上げ、
利用者は「弱い立場」で抗弁できない。

情報の非対称性を利用して利益を取る構造そのものが悪質。


【2】“いつでも貸金業に転化できる”構造を業者が握っている

2社間では、以下のような一行が契約書に潜んでいる:

  • 「支払遅延時は協議のうえ利用者が再譲渡または買戻す」
  • 「損害金××%」
  • 「違約金××」
  • 「確認できるまで追加書類を求める」

これらはすべて、
事実上の貸金業(償還請求あり)への転化装置である。

つまり、

業者は「安全に儲かる貸金業」か
「高利で回収できる擬似譲渡」かを
いつでも切り替えられる。

利用者側にはその選択肢はない。

この“一方的に有利な選択権”を相手に握られている時点で、
健全な金融取引とは言えない。


【3】手数料ではなく“弱者の状況”が価格決定要因になる

本来、価格はリスク・原価・手数を基準に決まる。

だが2社間ファクタリングの価格は違う。

  • 今日中に必要?なら+5%
  • 赤字決算?リスク料で+7%
  • 税金の滞納?即日なら+10%
  • 社会保険未納?支払期日短縮+15%

これはもはや金融ではなく、
弱った人から弱った分だけ搾り取る構造的悪質商法である。

どれだけ形式上「合法」でも、
他の金融行為で同じことをすれば即逮捕だ。


【4】正常経営なら絶対に必要ない=利用者の“困窮”を前提にした商品

2社間ファクタリングは、

  • 正常経営の会社
  • 資金繰りに余裕がある会社
  • 銀行借入が可能な会社

これらは1円も使わない。

つまり、
利用者の困窮こそがビジネスの前提条件になっている。

本来、金融商品は利用者の成長を支援するためにあるが、
2社間ファクタリングは利用者の困窮を「商機」として扱う。

社会的に見ても完全な逆行であり、
モラル・インセンティブ両面で100%悪質である。


【5】出口戦略が存在せず、“使い続けるほど破滅する”設計

2社間ファクタリングは、構造上、

使う→資金が減る→再び使う→さらに資金が減る

という“破滅ループ”を必ず生む。

一度利用した会社が
3ヶ月連続で継続利用する確率は80%を超える(業界データ)。

なぜか?

  • 手数料で資金が目減り
  • その損失を埋めるために再利用
  • 再利用によりさらに損失
  • 最後は二重譲渡か倒産

商品特性上、
利用者の破綻がほぼ確定している。

これを「悪質ではない」と言う方が無理がある。


■結論:2社間ファクタリングは“法律上の形式”に関係なく、構造的に100%悪質である

AIは「合法/違法」という形式論を語る。
しかし専門家は、構造的悪質性を見る。

そして結論は一つしかない。

**2社間ファクタリングは、制度・構造・インセンティブすべてが

中小企業の困窮を前提にしており、利用者を確実に痛めつける悪質ビジネスモデルである。**

合法かどうかとは別問題だ。
むしろ「合法性」が業者の抜け道を作り、
悪質性に拍車をかけているという逆説すらある。