行政不作為が成立する瞬間――「知らなかった」ではもう逃げられない線を越えるとき

ファクタリングのトラブル

行政不作為とは、単なる怠慢ではない。
「違法状態を認識し得たにもかかわらず、権限を行使しなかった」その一点が成立した瞬間、行政は中立的調整者ではいられなくなる。

二社間ファクタリングを巡る問題は、すでにこの線を越えている。

問題は、違法かどうかではない。
違法である可能性を、行政自身が把握していたかどうかだ。

ここを直視しない限り、議論は永遠に逃げ続ける。


行政不作為が成立するための条件は、実は明確だ。

第一に、違法または著しく不当な状態を認識できる情報が存在していたこと。

二社間ファクタリングについては、これを否定する余地はない。

・買戻し義務
・全額保証
・分割返済
・期限利益喪失
・遅延損害金
・実質年利換算での高率手数料

これらはすべて、
貸付性を疑うに足りる要素として、長年、裁判・相談・報告で繰り返し示されてきた。

行政が「知らなかった」と言う余地は、もうない。


第二に、
是正可能な権限を有していたこと。

これも否定できない。

登録制の判断。
業法の解釈。
ガイドラインの改訂。
注意喚起ではなく、実質的規制。

行政には、選択肢があった。

それを使わなかっただけだ。


第三に、
不作為によって、被害が拡大・継続したこと。

二社間ファクタリングの被害は、単発ではない。
同一構造が、同一文言で、全国に反復されている。

つまり。

行政が沈黙した時間そのものが、
被害拡大の装置として機能してきた。

これは偶然ではない。
結果論でもない。

不作為と被害の因果関係が、ここで成立する。


この三点が揃った瞬間、行政不作為は「評価」の問題ではなくなる。

法的責任の問題になる。

それでも行政は、こう言い続けるだろう。

「個別事案で判断される」
「一概には言えない」
「注意喚起は行っている」

だが、これらはすべて、
責任を回避するための定型文にすぎない。

注意喚起とは、
権限行使を回避するための免罪符ではない。


決定的なのは、ここだ。

もし裁判所が、
一件でも「実質貸付」を正面から認定した場合。

その瞬間、行政はこう問われる。

なぜ、それ以前に動かなかったのか。
なぜ、同一構造が蔓延するのを放置したのか。
なぜ、違法性の芽を摘まなかったのか。

この問いに、
「一概には言えない」という答えは存在しない。


行政不作為が成立する瞬間とは、
行政が“何もしなかったこと”が、
結果として制度を維持し、被害を再生産していたと
司法によって言語化された瞬間だ。

それは、責任追及の始まりであり、
同時に、沈黙の終わりでもある。

二社間ファクタリングの問題は、
すでに「判断できなかった段階」ではない。

判断しなかった段階に、完全に移行している。

そしてその代償は、
常に、声を上げられない側が払ってきた。

次に崩れるのは、
この沈黙そのものだ。