この沈黙を壊す現実的な第一歩─2社間ファクタリングを「個人の判断」から引き剥がすために

ファクタリングのトラブル

■ 沈黙は誰かの意思ではなく「構造」で維持されている

2社間ファクタリングをめぐる沈黙は、誰かが意図的に口を塞いでいるというよりも、責任が分散されすぎた結果として成立している。行政は違法性の有無に話を限定し、金融機関は自らの領域外として距離を取り、専門家は最終判断を事業者に委ねる。全員が正しい立場を取っているようで、誰も全体を引き受けない。この状態を壊さない限り、どんな問題提起も注意喚起で終わる。

■ 最初にやるべきは「規制」ではない

沈黙を壊す第一歩は、いきなり規制を作ることではない。規制という言葉は、それだけで反発を招き、議論を止めてしまう。現実的に必要なのは、線を引く前段階として、共通の土台を作ることだ。その土台とは、「何が起きているのか」を誰もが同じ言葉で語れる状態である。

■ 問題事例を「集める」だけで状況は変わる

最も現実的で、かつ効果が大きいのは、2社間ファクタリングに関する問題事例を公的に集約することだ。違法か合法かを判断する必要はない。破綻に至ったケース、依存が常態化したケース、条件が実態とかけ離れていたケース。そうした事実を、匿名で蓄積するだけでいい。

これができれば、「個別の失敗」という整理は成立しなくなる。

■ データは「自己責任」という言葉を弱体化させる

事例が集まれば、必ず共通点が浮かび上がる。利用前の状況、提示された条件、継続利用への移行、経営への影響。これらが可視化された瞬間、「たまたま失敗した」「判断を誤った」という説明は通用しなくなる。自己責任という言葉は、データの前では驚くほど脆い。

■ 行政がやるべき役割は「線を引くこと」ではない

ここで重要なのは、行政がすぐに善悪を裁かないことだ。求められる役割は、結論を出すことではなく、議論が可能な場を整えることである。

問題事例の収集と公開は、そのための最低限の仕事だ。これだけで、専門家もメディアも「語れる材料」を手に入れる。

■ 沈黙を壊すとは、断罪することではない

沈黙を壊すというと、誰かを糾弾する行為だと思われがちだ。しかし、現実的な第一歩はもっと地味だ。「こういう事例が実際に起きている」と示すこと。それだけで、これまで個人に押し付けられてきた判断が、構造の問題として再配置される。

■ 「使うな」と言える空気は、後からついてくる

問題事例が蓄積され、共通構造が共有されれば、自然と次の段階に進む。「注意してください」では足りないのではないか、「ここまでは危険だと言うべきではないか」という議論が、初めて現実味を帯びる。今はその前段階にすら立てていない。だからこそ、最初の一歩は小さくていい。

■ 沈黙は、壊そうとしなければ壊れない

2社間ファクタリングをめぐる沈黙は、自然に崩れることはない。誰かが大声で叫ぶ必要もない。ただ、事実を集め、並べ、共有する。その作業を公の場で始めること。それが、この問題を「選んだ本人の話」から社会の話へと引き戻す、最も現実的な第一歩になる。