声が小さい理由はどこにあるのか
2社間ファクタリングの被害相談は確実に存在しているはずなのに、被害者保護を前面に掲げて活動する弁護士は決して多くない。消費者金融や闇金問題ではわかりやすい「被害救済専門」を掲げる弁護士が数多く存在するのに対し、2社間ファクタリングになると、急に声が小さくなる。その理由はどこにあるのかを考えてみたい。
「グレーゾーンの厚み」が参入をためらわせる
まず最初にあるのは、「グレーゾーンの厚み」による扱いづらさだ。闇金は違法、高金利は違法という明快な線があるのに対して、2社間ファクタリングは契約名目上「売掛債権の売買取引」であり、形式だけを見ると貸金業とは異なる位置に置かれている。ここに、違法性の判断を難しくする構造がある。訴訟でも「実質は貸付なのか」「形式はファクタリングなのか」という解釈の争点が避けられない。明確に勝てる類型事件が多いとは言い切れない以上、弁護士が積極的に参入しにくい土壌ができてしまう。
依頼者の事情が「声を上げにくくする」
さらに、依頼者側の事情も重たい。2社間ファクタリングの利用者は企業の経営者であることがほとんどで、消費者金融被害とは異なり「弱者救済」という旗が掲げにくい。資金繰りに行き詰まった法人、税金滞納、取引先への支払い遅延、銀行との関係悪化など、表に出したくない事情を抱えていることが多い。被害を訴えること自体が、自らの経営不振を暴露する行為になるため、泣き寝入りが発生しやすい。声が上がらなければ、弁護士側も市場があるとは感じにくい。救済ニーズの実数以上に、「見えにくい」ということが問題を深刻化させている。
経済合理性が参入のブレーキになる
ここには経済合理性の問題も絡んでくる。弁護士にとって事件を受任する以上、時間と労力に見合う収益が必要となる。2社間ファクタリングの案件は契約書の精査、資金の流れの分析、実質貸付性の立証、業者との粘り強い交渉など、手間のかかる工程が多い。しかも、相手となる業者は法人であり、法的対応にも慣れている場合が多い。勝ち筋が不透明で、費用回収も容易とは言えず、さらには依頼者企業自体が資金難である。参入の心理的ハードルが下がる要素は乏しい。
「悪」と断じにくい空気がある
そしてもう一つ見逃せないのは、社会的評価の曖昧さだ。闇金は「悪」であると誰もが認識している。しかし2社間ファクタリングは一部で「資金調達の一つの選択肢」「銀行に断られた企業を助ける仕組み」として語られることもある。ここで評価が二極化し、問題を問題として共有する基盤が弱くなる。違法・脱法・合法ヤミ金という言葉が並び立ち、定義が揺れる領域では、弁護士が明確な立場を打ち出すほどの社会的同意が形成されにくい。
見えない被害者が、救済をさらに遠ざける
結果として、被害者保護を専門に掲げる弁護士は増えにくくなる。声を上げにくい依頼者、勝ち筋の読みづらさ、経済合理性の問題、社会評価の曖昧さ。これらが絡み合い、2社間ファクタリングの被害者は「確実に存在するのに、見えない」の状態に置かれている。つまり、救済ニーズがあるにもかかわらず、市場として成立していない。その結果として、被害者保護の弁護士が体系的に育たない。
合法ヤミ金の影が濃くなる
本来であれば、この状況こそが「合法ヤミ金」という言葉の危うさを物語っている。合法を装った形を取りながら、実態としては資金難の事業者を追い込む取引が存在している。しかし被害が表に出にくいため、社会問題としての認識も深まりにくい。被害相談が少ないから問題が小さいのではない。声を出すこと自体が難しい問題領域だからこそ、件数が表面化しないのだ。
「自己責任」で終わらせる限り、問題は肥大化する
2社間ファクタリングの利用者に対して自己責任の一言で済ませることは容易だ。しかしそれでは、合法ヤミ金的な構造が温存されるだけである。被害者保護に取り組む弁護士が増えない理由を考えることは、同時に、この仕組みがなぜ社会の陰で肥大化していくのかを考えることでもある。問題意識が共有されない限り、規制も議論も進まない。静かに広がり続けるという点に、この問題の最も厄介な本質がある。

