問題は商品性ではなく、伝え方にある
2社間ファクタリングを巡る最大の問題は、制度の危険性そのものだけではない。それ以上に深刻なのは、その危険性が広告や比較サイトによって意図的に薄められ、歪められた形で流通している点にある。
資金繰りに窮した経営者が最初に接触する情報の多くは、金融の実態ではなく、広告として最適化された物語だ。
「即日資金化」「借入ではない」「審査が緩い」「ブラックでも可能」。こうした表現は、2社間ファクタリング広告の定番である。
しかし、これらは事実の一部を切り取ったに過ぎず、時間軸で見たリスクや、継続利用による破綻可能性については、ほとんど触れられない。
比較サイトという名の広告装置
特に問題なのが、比較サイトの存在だ。表向きは中立的な情報提供を装いながら、実態は送客による成果報酬型ビジネスであるケースが少なくない。
ランキング形式や「おすすめ◯選」といった体裁は、利用者に合理的選択をしている錯覚を与えるが、評価基準が何に基づいているのかは極めて不透明だ。
手数料の上限や実質負担率、常用化した場合の資金繰り悪化リスク、倒産との相関といった重要情報は、目立たない位置に追いやられるか、そもそも記載されない。一方で、スピードや通過率といった、利用を後押しする要素だけが強調される。この構造は、情報提供というよりも、広告そのものである。
ステルスマーケティング規制との明確な接点
2023年以降、ステルスマーケティングは景品表示法上、明確に規制対象となった。広告であるにもかかわらず、その事実を隠して第三者の推奨や体験談を装う行為は、不当表示とされる。
2社間ファクタリングの比較記事や解説記事の中には、この規制と極めて近い位置にあるものが存在する。広告主との関係性や報酬の有無を明示せず、「専門家の解説」「中立的な比較」「編集部のおすすめ」といった表現で誘導する行為は、少なくともグレーであり、場合によってはアウトだ。
特に悪質なのは、リスクを理解しているはずの立場にある者が、あたかも安全な選択肢であるかのように語るケースである。これは単なる表現の問題ではなく、判断材料を意図的に欠落させた情報操作に近い。
なぜ規制の網をすり抜け続けるのか
2社間ファクタリング広告が問題視されにくい理由は明確だ。形式上は「融資ではない」ため、貸金業広告規制の対象になりにくく、金融商品としての厳格な説明義務も課されない。
その結果、金融に近い危険性を持ちながら、広告表現だけは一般商材並みに緩い状態が放置されている。
この規制の空白が、過激な訴求や誤解を招く表現を助長している。実態としては、合法ヤミ金、脱法金融と呼ばれても不思議ではない構造でありながら、広告上では「便利な資金調達手段」として扱われる。この乖離こそが、2社間ファクタリング市場の異常性だ。
「自己責任論」で済ませてよい問題ではない
問題が表面化すると、必ず持ち出されるのが自己責任論である。しかし、判断の前提となる情報が歪められている以上、これは成立しない。比較サイト、広告媒体、解説記事が一体となってリスクを過小表示している状況で、利用者だけに責任を負わせるのは不合理だ。
沈黙しているのは、金融機関だけではない。本来、注意喚起を行うべき立場にある士業やメディアも、この問題に深く切り込もうとしない。その結果、最も声が大きいのは、2社間ファクタリングを売る側だけになる。
結論──広告規制の不在が被害を拡大させている
2社間ファクタリングの被害は、制度単体ではなく、広告と情報流通のあり方によって拡大している。リスクを語らず、利便性だけを強調し、広告であることを曖昧にした情報が氾濫する限り、同じ判断ミスは繰り返される。
合法である。しかし健全ではない。制度としては限りなく脱法的であり、その周囲を取り巻く広告手法は、ステマ規制の理念と真正面から衝突している。
2社間ファクタリングが問題なのではない、という言い逃れは、もはや通用しない段階に来ている。

