【2026年新春版・検証】2社間ファクタリング比較サイトは誰の利益を代弁しているのか

ファクタリングのトラブル

2社間ファクタリングを巡る議論において、2026年の新春時点で最も検証が必要なのは業者そのものではない。市場拡大を支えてきた装置、すなわち比較サイトの存在である。比較サイトは長年「中立的な情報提供者」を名乗ってきたが、その実態は誰の利益を代弁しているのか。この点を正面から整理する必要がある。

比較サイトは「判断材料」を提供していない

多くの2社間ファクタリング比較サイトを精査すると、共通した特徴が浮かび上がる。それは、比較しているのが業者同士であり、手法そのものではないという点だ。手数料の目安、入金スピード、対応エリア、実績件数などは並べられるが、「そもそも2社間ファクタリングを選ぶべきか」という問いは最初から存在しない。

これは情報不足ではなく、設計思想の問題である。比較サイトは利用者に判断材料を与えているのではない。すでに選ばれた前提を補強しているだけだ。この構造がある限り、利用者は選択の是非を考える機会を持たない。

「中立」を装うことで論点を消去する仕組み

比較サイトが厄介なのは、露骨な推奨表現を使わない点にある。「おすすめ」「人気ランキング」といった言葉を避け、「客観的比較」「独自調査」を掲げることで、中立性を演出する。しかし、掲載条件や評価軸が明示されない以上、その中立性は検証不能だ。

結果として起きているのは、論点そのものの消失である。2社間ファクタリングが合法ヤミ金に近い性質を持つこと、実質的な高金利構造であること、資金繰りを中長期的に悪化させやすいこと。これらの論点は比較の土俵にすら上がらない。

利用者の「自己責任化」を完成させる装置

比較サイトの最大の機能は、利用者を守ることではない。利用者に「自分で調べた」という感覚を与えることだ。複数サイトを閲覧し、ランキングを見比べ、条件を確認したという事実が、後の判断を完全に自己責任へと転換する。

2026年時点で明らかなのは、比較サイトが免責装置として機能しているという現実だ。業者は「比較サイトにも載っている」と言い、媒体は「選んだのは利用者」と言う。この構図の中で、問題は誰の責任でもなくなる。

広告でありながら広告と名乗らない不透明さ

比較サイトの多くは、送客による成果報酬型で成り立っている。つまり経済的には広告である。しかし表示上は「広告」「PR」と明示されないケースが多く、利用者はその前提を理解しないまま情報を受け取る。

2026年になっても、この曖昧さは是正されていない。ステルスマーケティング規制が強化される流れの中でも、2社間ファクタリング比較サイトは例外のように扱われ続けている。広告であることを隠した広告が、最も危険な金融領域で横行しているという事実は、重く受け止めるべきだ。

比較サイトが沈黙する「出口」の問題

比較サイトは入口の説明には熱心だが、出口については語らない。継続利用による資金繰り悪化、他の資金調達手段への移行困難、連鎖利用のリスク。こうした現実は、比較表のどこにも現れない。

これは偶然ではない。出口を描けば、入口の正当性が揺らぐからだ。比較サイトは利用後の現実を語らないことで、短期的成立だけを切り取った世界観を固定化している。

2026年新春時点での結論

2社間ファクタリング比較サイトは、利用者の利益を代弁していない。業者の利益を直接的に代弁しているとも言い切れない。実際には、市場そのものを回し続けるための利益構造を代弁しているに過ぎない。

問題が問題として共有されず、啓発が進まず、個別判断として処理され続ける。その状態を最も安定的に維持してきたのが比較サイトである。2026年の新春に記録すべきなのは、この構造が「情報提供」を装いながら、脱法金融の温床として機能してきたという事実だ。

次に検証すべきは、この比較サイト構造に対してなぜ誰も正面から異議を唱えなかったのかである。すなわち、士業、公的機関、メディアの沈黙だ。