2社間ファクタリングと銀行持株会社の連結責任―「関与していない」は、どこまで通用するのか

ファクタリングの違法性と契約について

2社間ファクタリングをめぐる議論は、長らく業者の是非に矮小化されてきました。しかし、この市場を実際に支えてきた資金の出所をたどれば、問題の本質はまったく別の場所にあります。ファンド、証券会社、そして銀行持株会社。表に出ない主体こそが、いま最も重い責任を問われようとしています。

銀行本体が出てこない構造こそが、最大の問題である

2社間ファクタリング市場において、銀行本体は一貫して表に出てきません。契約当事者ではない。貸付もしていない。業者とも直接の取引はない。配下ファンドが投資し、証券会社が販売し、銀行はあくまで「関与していない」という位置に立ち続けています。

しかし、ここで無視できないのが銀行持株会社の存在です。

現在、この市場に資金を供給している多くのファンドは、銀行持株会社の連結子会社であり、そのファンドに社債を供給し、投資商品として販売している証券会社も、同じグループ内に置かれています。

形式上、銀行は関与していない。
実態として、グループ全体が市場を動かしている。

このねじれこそが、2社間ファクタリング問題の核心部分です。

連結決算の外に逃げることは、もはやできない

銀行持株会社は、子会社であるファンドや証券会社の業績とリスクを、連結決算として取り込んでいます。利益も損失も、最終的にはグループ全体の数字になります。

にもかかわらず、2社間ファクタリングに関しては、法的リスクだけが巧妙に切り離されてきました。

投資判断はファンドの責任。
販売責任は証券会社の責任。
銀行本体は関与していない。

こうした説明は、会計上も、ガバナンス上も、すでに限界に来ています。

なぜなら、銀行持株会社は、グループ全体のリスク管理と内部統制に最終責任を負う主体だからです。どの子会社が、どの市場に、どのような法的リスクを抱えた資産を積み上げているのか。それを把握し、制御する責任は、形式論ではなく、実質論として持株会社にあります。

「知らなかった」「子会社の判断だ」という説明が通用するのは、日常的な営業判断までです。市場全体の存続を左右する違法性リスクについてまで、責任を切り離すことはできません。

実質貸金認定が出た瞬間、連結リスクは一気に顕在化する

もし、2社間ファクタリングに実質貸金認定が出た場合、何が起きるのか。

最初に崩れるのは、業者の資金繰りです。過払い返還請求が殺到し、新規取引は止まり、債権回収は困難になります。業者は短期間で市場から消えていくでしょう。

しかし、問題はそこで終わりません。

業者に資金を供給していたファンドは、保有資産の評価を一斉に切り下げざるを得なくなります。私募社債やファンド持分は事実上、毀損資産に変わり、投資家からの解約請求が連鎖します。

そのファンドを連結子会社として抱える銀行持株会社は、その損失を連結決算に取り込まざるを得ません。

ここで初めて、市場は気づくことになります。
銀行は関与していなかったのではなく、最終的な損失の受け皿そのものだったという事実に。

ガバナンス責任は、銀行本体ではなく持株会社に帰結する

もう一つ重要なのは、金融庁検査の建付けです。

銀行検査では、銀行本体の与信や投融資は細かく見られますが、配下ファンドの投資先の実態までは、ほとんど踏み込まれていません。証券会社検査でも、販売手続の適正性が中心で、スキーム全体の合法性までは追及されないのが現実です。

しかし、持株会社検査では話が変わります。

持株会社は、グループ全体のリスク管理体制、内部統制、法令遵守体制を統括する立場にあります。子会社が、長年にわたり実質貸金と評価されかねない市場に組織的に関与していたとなれば、それは単なる子会社問題ではなく、持株会社のガバナンス不全そのものになります。

誰がこの投資を認めたのか。
どこまでリスクを把握していたのか。
なぜ是正しなかったのか。

これらの問いは、銀行本体ではなく、最終的に持株会社の経営陣に向けられます。

「関与していない」という説明が崩れた後に残るもの

これまで、銀行グループは巧妙な役割分担で責任を分散させてきました。
業者が前に立ち、ファンドが資金を出し、証券会社が売り、銀行本体は黙って距離を取る。

しかし、連結という制度の前では、この分断は意味を持ちません。

利益はグループのもの。
損失もグループのもの。
リスク管理責任も、最終的にはグループのもの。

もし、2社間ファクタリングが脱法金融として明確に違法認定されたとき、問われるのは業者の善悪ではありません。

なぜ銀行グループは、これを黙認し続けたのか。
なぜ持株会社は、止めなかったのか。

2社間ファクタリング問題は、もはや業界の末端問題ではありません。
銀行持株会社の統治構造そのものを問う金融問題へと、静かに姿を変えつつあります。