2社間ファクタリングが違法認定され、国家賠償や行政責任が現実の問題として語られるようになったとき、次に必ず浮上するのが刑事責任である。しかし、多くの人が誤解しているのは、「違法認定=自動的に刑事責任が発生する」わけではないという点だ。刑事責任が問題になるためには、別の条件と、別の主体による別の手続が必要になる。そして最大の焦点は、誰が、誰に対して、どの犯罪で告訴するのかという点にある。
原則として、行政判断の誤りだけでは刑事事件にならない
まず大前提として確認しておくべきことがある。
金融庁幹部や検査官が、監督判断を誤った、介入が遅れた、違法性の判断を見送ったというだけでは、刑事責任は原則として成立しない。行政の不作為や判断ミスは、あくまで行政責任や国家賠償の問題であって、刑事罰の対象ではない。
刑事責任が成立するためには、単なる誤りでは足りない。
故意、あるいはそれに近い重大な背信行為、職権の濫用、不正な利益供与、虚偽や隠蔽といった、明確な犯罪構成要件が必要になる。
つまり、境界線は極めて高い位置に引かれている。
刑事事件になるとすれば、最初の告訴主体は「被害者」ではない
では、刑事責任が現実になるとすれば、誰が誰を告訴するのか。
ここで重要なのは、金融庁幹部や検査官に対して、直接、利用企業や投資家が刑事告訴する構図は、実務上ほとんど成立しないという点である。
公務員の職務行為について、一般の被害者がいきなり刑事告訴しても、警察や検察は原則として受理しない。行政判断の適否は、まず行政訴訟や国家賠償の枠組みで整理されるべき問題だからである。
刑事事件として動き出すとすれば、最初の入口はほぼ例外なく、内部告発か、国会・会計検査院経由の告発である。
現実に想定される告発ルートは三つしかない
実際に刑事責任が問題化する場合、ルートはほぼ三つに限られる。
第一は、金融庁内部からの告発である。検査官や職員が、上司や幹部の不正な指示、報告書の改ざん、違法行為の黙認を、検察や第三者委員会に内部告発するケースである。この場合、告発主体は金融庁職員、被告発者は上司や幹部になる。
第二は、国会または会計検査院からの告発である。国政調査や検査の過程で、虚偽答弁、検査妨害、証拠隠滅、職権乱用の疑いが見つかった場合、国会や検査院が検察に告発する構図である。この場合、告発主体は国の機関、対象は金融庁幹部個人になる。
第三は、国家賠償で敗訴した後の、国から職員個人への派生的刑事告発である。これは極めて異例だが、裁判で「違法性を認識しながら意図的に放置した」と事実認定された場合、国自身が職員の刑事責任を問題視せざるを得なくなるケースである。
一般の被害企業や投資家が、いきなり金融庁幹部を刑事告訴する構図は、理論上は可能でも、現実にはほとんど動かない。
問題になる犯罪類型は、貸金業法ではなく「公務員犯罪」である
ここでさらに重要な点がある。
金融庁幹部や検査官が問われる刑事責任は、貸金業法違反ではない。彼らは業者ではない以上、無登録営業や高金利の主体にはなり得ない。
問題になるのは、ほぼ例外なく次の公務員犯罪である。
職権濫用罪、職務怠慢に近い背任的行為、虚偽公文書作成、証拠隠滅、収賄、あっせん利得処罰法違反。つまり論点は、違法金融を取り締まらなかったこと自体ではなく、取り締まらなかった過程で不正があったかどうかに移る。
単に判断を誤っただけでは犯罪にならない。
違法性を認識し、意図的に隠し、特定の金融機関や業者を守ったと立証できた場合に限って、初めて刑事責任の領域に入る。
最大の分岐点は「内部文書」と「決裁ライン」である
刑事責任が現実になるかどうかを分ける最大の分岐点は、内部文書と決裁記録である。
実質貸金性を明確に指摘する法務メモが存在していたか。
是正を求める検査報告書案が途中で書き換えられていないか。
銀行グループへの配慮を理由に介入を止めた議事録が残っていないか。
これらが証拠として出てきた瞬間、問題は一気に刑事領域に近づく。
特に危険なのは、幹部決裁で是正を見送った記録が残っている場合である。ここで違法性認識と意図的放置の因果関係が結びつけば、裁量の範囲を超えた不作為として、職権濫用や背任に近い評価が入り得る。
刑事責任が現実になる最大の契機は「国家賠償敗訴」である
実務上、最も現実的な引き金は国家賠償訴訟である。
もし国家賠償で、金融庁の不作為が違法と認定され、「違法性を認識しながら是正しなかった」と明確に事実認定されれば、その判決文自体が刑事告発の証拠資料になる。
この段階に入ると、もはや「政策判断」では逃げ切れない。
国会が動き、検査院が再検査に入り、検察が任意捜査に着手する。告発主体は国の側になり、対象は幹部個人に絞られていく。
刑事責任は例外だが、「誰も無傷で済まない」領域が存在する
結論として、金融庁幹部や検査官が刑事責任を問われるハードルは極めて高い。
しかし同時に、ある一線を越えた瞬間に、一気に刑事事件へ転落する構造もまた、はっきり存在している。
その境界線は明確である。
「知らなかった」「判断を誤った」までは行政の問題で済む。
「知っていて隠した」「意図的に守った」瞬間に、刑事の領域に入る。
2社間ファクタリング問題の本当の爆発力は、違法業者の摘発ではない。
監督する側が、どこまで知っていて、どこまで書類に残していたのか、この一点に集約されている。

