広告会社・集客代行は刑事責任を負うのか――金融取引と広告の境界線

ファクタリングの違法性と契約について

広告主体は本当に取引の外部にいるのか

2社間ファクタリング市場において、広告会社や集客代行は不可欠な存在になっている。検索連動広告、比較サイト、アフィリエイト、テレマーケティング、送客代行。利用企業の多くは、これらの導線を通じて業者に到達する。

形式上、広告会社は金融契約の当事者ではない。資金を出さず、契約書にも署名しない。そのため長く「取引の外部」として扱われてきた。

しかし、違法認定の局面では、この位置づけは必ずしも安定しない。

問題は、広告行為が単なる情報提供なのか、それとも無登録貸金業の実行過程に組み込まれているのか、という点にある。

刑事責任の前提となる構成要件の射程

無登録貸金業違反の刑事責任は、登録を受けずに業として貸付を行った者に成立する。しかし刑法上、実行行為者だけが処罰対象になるわけではない。

取引の成立を容易にし、積極的に関与した者は、共同正犯または幇助犯として処罰され得る。

ここで問われるのは、広告会社や集客代行が、単なる媒介なのか、それとも取引成立に不可欠な役割を担っていたのか、という実質である。

単純広告と送客業務の境界線

テレビCMやバナー広告のような不特定多数向け広告であれば、刑事責任が問題になる場面はほとんどない。

しかし、2社間ファクタリング市場で多く用いられているのは、より能動的な集客モデルである。比較サイトによる業者誘導、成果報酬型アフィリエイト、電話やチャットによる事前ヒアリング、条件整理、特定業者への送客。

この段階で、広告と媒介の境界は急速に曖昧になる。

成果報酬型モデルが持つ「取引一体性」

とくに問題になるのが、成果報酬型の集客モデルである。

成約件数や実行金額に比例して報酬が支払われる構造では、広告会社の収益は取引成立と完全に連動する。この関係は、単なる広告対価というより、実行過程への参加に近い。

過去の無登録貸金業事件では、資金を出していなくても、集客・顧客管理・回収補助を担った業者が共同正犯とされた例が存在する。実行行為の分担があれば、資金提供の有無は決定的ではない。

違法性認識と「未必の故意」の問題

刑事責任の成否を分ける核心は、違法性の認識である。

広告会社が、当該取引を真に債権譲渡と理解していたのか、それとも実質貸付である可能性を認識しながら集客を続けていたのか。この点は、内部資料、営業マニュアル、業者選別基準、報酬条件などから検討される。

高率手数料、償還義務、継続利用構造を把握しながら送客していれば、「違法性の未必的認識」が認定される余地は否定できない。

業としての反復継続性と責任の厚み

単発の広告掲載や一時的な送客で、刑事責任が直ちに成立することは通常ない。

しかし、特定業者と提携し、長期にわたり継続的に顧客を供給し、安定収益を得ていれば、「業として無登録貸金業を補助していた」と評価される可能性は高まる。

ここでは、契約形態よりも実態が重視される。

金融規制の外側に置かれてきた集客主体

制度上、広告会社や集客代行は金融規制の監督対象ではない。登録義務も検査も原則として存在しない。

その結果、金融取引の実行過程の中核部分に、無監督主体が恒常的に介在する構造が形成された。

違法認定が出た瞬間、この構造は一斉に露出する。責任追及は、貸付業者だけで止まらない。

民事責任と返還請求の射程

刑事責任と並行して、民事責任も現実的な問題になる。

違法取引と評価された場合、利用企業は不法行為に基づく損害賠償請求を行う。その際、集客主体が共同不法行為者として被告に加えられる構成は十分に想定される。

とくに、報酬が利息相当額から分配されていた場合、受領額の返還請求や連帯賠償の対象となる余地は大きい。

広告という名の「金融インフラ」

本質的な問題は、広告会社と集客代行が、単なる宣伝主体を超え、金融取引のインフラとして機能している点にある。

顧客の選別、条件整理、業者誘導、継続利用の促進。これらは本来、金融業務の一部である。

「広告だから安全」という説明は、違法認定の前では通用しない。

境界線が崩れた市場の帰結

金融取引と広告の境界線は、2社間ファクタリング市場においてほとんど消失している。

違法認定が出た瞬間、問われるのは、誰が契約したかではなく、誰が取引を成立させたかである。

広告会社・集客代行は、本当に「外部」なのか。
この問いは、市場の責任構造そのものを突きつけている。