2社間ファクタリングは、突然違法になったわけではない。取引の実態も、契約構造も、手数料水準も、ここ数年で急変したわけではない。
変わったのは、制度ではなく、社会の見方である。
長く黙認されてきた市場が、なぜ今になって一斉に「問題」として認識され始めたのか。本稿では、その転換点の構造を整理する。
初期段階では「資金繰り手段」として受け入れられていた
市場形成期において、2社間ファクタリングはほとんど批判の対象になっていなかった。
中小企業の資金繰り支援、銀行融資の代替、スピード重視の調達手段。こうした文脈で語られ、むしろ前向きな評価が多かった。
高額手数料についても、「リスクが高いのだから仕方がない」「緊急時のコスト」として受け止められていた。
この段階では、違法性よりも利便性が先に語られていた。
被害が「可視化」されるまで時間がかかった
社会的認識が変わらなかった最大の理由は、被害が表に出にくい構造にある。
2社間ファクタリングの利用者は、もともと資金繰りに窮した企業である。経営悪化、倒産、廃業は日常的に起きており、その原因が取引条件にあったとしても、外からは区別がつかない。
表に出てくるのは、成功事例か、広告だけである。破綻事例は、統計にもニュースにもほとんど現れなかった。
結果として、市場の負の側面は長く不可視のままだった。
SNSと相談事例が認識を一変させた
転換点の一つは、相談事例の蓄積と可視化である。
弁護士会、消費生活センター、商工会議所、金融機関の現場。少しずつ、共通した相談が集まり始めた。
手数料が実質年利で数百%になる。抜けられない。返済のために次を使う。資金繰りがむしろ悪化する。
こうした声が、SNSや専門サイト、業界内で共有されるようになったことで、「個別の失敗」ではなく「構造的問題」として認識され始めた。
問題化の出発点は、制度ではなく現場だった。
連鎖利用という新しい現象が決定的だった
認識を大きく変えたのは、連鎖利用の顕在化である。
当初、2社間ファクタリングは「一時的な資金調達」と説明されていた。しかし実態は、一度使うと常用化し、複数業者を回し、売掛金の将来分まで先食いする構造になっていた。
この段階で、性質は明確に変質した。
単なる債権売買ではなく、事実上の高利短期融資の連続。しかも、抜け道的に法規制を回避している。
この構造が業界内で共有され始めたことが、評価を決定的に変えた。
「実質貸付」という言葉が一般化した意味
もう一つの転換点は、「実質貸付」という概念の普及である。
かつては専門家の間でしか使われなかったこの言葉が、メディア、士業、業界関係者の間で一般化した。
形式ではなく実質で判断するという視点が共有され始めたことで、2社間ファクタリング全体が再評価の対象になった。
ここで初めて、「合法か違法か」ではなく、「制度を意図的に回避しているのではないか」という疑念が社会的に広がった。
金融機関・士業の関与が問題を「金融問題」に引き上げた
社会的関心が急激に高まった背景には、関与主体の変化もある。
単なる無名業者の問題であれば、ここまでの注目は集まらなかった。
銀行系ファンド、証券会社、士業、広告会社、集客代行。周辺プレイヤーの裾野が明らかになるにつれ、この市場は単なるグレー業界ではなく、金融システムの一部として認識され始めた。
この瞬間、問題は「中小企業の失敗談」から「金融行政の監督問題」へと格上げされた。
コロナ後の資金繰り悪化が最後の引き金になった
最後の引き金は、コロナ後の資金繰り環境の変化である。
ゼロゼロ融資の返済開始、補助金終了、原材料高騰、人件費上昇。中小企業の財務余力は急速に低下した。
この局面で、2社間ファクタリングの負担は一気に顕在化した。
それまで耐えていた企業が耐えきれず、破綻し、相談が急増し、紛争が表面化した。
問題が「同時多発的」に噴き出したことで、初めて社会問題として認識された。
認識の転換は、制度の転換よりも先に起きた
重要なのは、ここまでの変化が、制度改正や行政通達によって起きたのではないという点である。
先に変わったのは、現場の評価であり、専門家の見方であり、業界内部の空気である。
制度は、その後を追いかけているにすぎない。
この順序の逆転こそが、今回の特徴である。
「突然問題になった」のではなく、「やっと問題として共有された」
振り返れば、危険な構造は最初から存在していた。
高利水準、抜けられない設計、連鎖利用、広告の誇張、紹介料ビジネス。
ただ、それが長く「個別の事情」として処理され、共有されなかっただけである。
社会的認識が変わったのは、違法性が新しく生まれたからではない。
問題が、やっと名前を与えられたからである。
次に問われるのは「誰が先に知っていたのか」である
認識が転換した今、次の論点は自然にここへ移る。
いつから危険性は分かっていたのか。誰が先に気づいていたのか。警告はどこで止められていたのか。
それは、個別業者の責任ではなく、市場全体の内部史の問題である。

