2社間ファクタリングがここまで膨張した過程を振り返ると、避けて通れない問いがある。
金融機関は、この市場の危険性をいつ認識したのか。あるいは、本当に最後まで気づかなかったのか。
本稿では、銀行・証券・ファンドの内部リスク管理の視点から、認識の時期と限界を整理する。
取引当初から「異常値」は観測できていた
まず確認すべき点は、数値としての異常性である。
2社間ファクタリングの手数料水準は、初期段階から極めて高かった。
月利数%から一割、実効年利に換算すれば数百%に達する水準は、通常の金融取引では説明がつかない。
銀行や証券会社、ファンドが関与する以上、案件審査や商品審査の過程で、手数料率や回転頻度が資料として提出されていた可能性は高い。
少なくとも、
・短期で高回転
・異常に高い収益率
・継続利用率の高さ
こうした数値は、内部のリスク管理部門が「異常値」として把握できる状態にあった。
危険性が「見えなかった」と言い切るのは、現実的ではない。
早期から存在していた「実質貸付」リスクの共有
さらに重要なのは、法的リスクの認識である。
2社間ファクタリングについて、「実質的には貸付ではないか」という議論は、かなり早い段階から専門家の間では共有されていた。
売掛債権の譲渡でありながら、
・償還義務に近い設計
・実質的な返済スケジュール
・連続更新前提の契約構造
これらは、形式と実質の乖離として典型的な問題点である。
金融機関の法務部門やコンプライアンス部門が、この論点に一切触れていなかったとは考えにくい。
少なくとも内部メモ、リーガルチェック、外部弁護士意見の段階で、「貸金業法リスク」「無登録貸付リスク」が議題に上がっていた可能性は高い。
にもかかわらず取引が止まらなかった理由
では、なぜ市場は止まらなかったのか。
理由は単純ではないが、いくつかの構造的要因が重なっている。
第一に、形式上の合法性に依存した判断である。
契約書上は債権譲渡。
貸付ではない。
金利ではなく手数料。
この形式論に立てば、直ちに違法とは言えない。内部審査も「グレーだが黒ではない」という評価で止まった可能性が高い。
第二に、直接当事者ではないという距離感である。
銀行本体が直接貸しているわけではない。
証券会社は仲介しているだけ。
ファンドは投資しているだけ。
この多層構造によって、誰も「最終責任者」にならず、リスクが分散された。
第三に、収益性の高さである。
高回転、高手数料、安定したキャッシュフロー。
金融商品として見れば、極めて魅力的な収益源だった。
リスクが認識されていても、「すぐに破綻する市場ではない」「当面は問題にならない」という判断が優先された可能性は否定できない。
認識の転換は、相談と紛争の増加から始まった
内部評価が変わり始めたのは、相談件数と紛争の増加が表面化してからである。
利用企業の破綻、弁護士からの照会、返還請求の準備、無効主張の兆候。
こうしたシグナルは、遅くとも数年前から金融機関の周辺で観測され始めていた。
特に、
・複数業者を回す常用化
・返済不能による連鎖倒産
・実効年利の極端な上昇
これらが見え始めた段階で、内部では「この市場はいずれ問題化する」という認識が共有され始めたと考えられる。
問題は、その時点でも市場から撤退しなかったことである。
内部リスク管理の最大の限界は「制度待ち」だった
ここで浮かび上がるのが、日本の金融リスク管理の構造的限界である。
多くの金融機関は、最終判断を制度に委ねる。
行政処分が出ていない。
明確な違法判例がない。
監督当局からの公式見解がない。
この状態では、「自主的に撤退する」という判断は極めて難しい。
結果として、内部では危険性を理解しながらも、
「制度が変わるまで続ける」
「行政が止めるまで続ける」
という判断が積み重なった。
リスク管理は、リスクを止める装置ではなく、制度を待つ装置になっていた。
問われるのは「知らなかった」ではなく「いつから知っていたか」
今後、仮に違法認定や大規模紛争が現実化した場合、争点は自然に変わる。
違法だったかどうか、ではない。
いつから危険性を認識していたのか。
その時点で、なぜ取引を止めなかったのか。
誰が、どこで、判断を先送りしたのか。
内部メモ、リスクレポート、リーガル意見、商品審査記録。
これらはすべて、「知っていたかどうか」を裏付ける証拠になり得る。
内部統制は市場拡大を止める装置にならなかった
結局のところ、2社間ファクタリング市場の拡大は、単なる規制の遅れでは説明しきれない。
金融機関の内部には、
・数値としての異常
・法的リスクの兆候
・紛争拡大のシグナル
いずれも存在していた。
それでも市場は止まらなかった。
ここに、内部リスク管理の本質的な限界がある。
危険性を検知することはできても、利益と制度の前では、止める決断ができなかった

