2社間ファクタリングが仮に司法または行政の場で違法と正式に認定された場合、責任の所在は業者や関係金融機関にとどまらない。必ず次に問われるのが、監督当局である金融庁の行政責任である。
ここで問題になるのは、「違法性を見抜けなかった」こと自体ではない。行政に裁判所のような最終判断権限はなく、解釈の誤りが直ちに違法になるわけではない。本当に問われるのは、どの段階で何を認識し、どのような判断過程を経て、なぜ結果として市場を放置したのか、その行政判断の合理性である。
行政責任が本格的に問題化するのは違法認定の後である
違法認定が出る前までは、当局には一定の説明余地がある。制度が未整備であったこと、法解釈が定まっていなかったこと、直接の監督権限が及ばなかったこと、こうした事情は一定程度、裁量判断として尊重される。
しかし、裁判や行政判断によって2社間ファクタリングが「実質貸付」「貸金業法違反」と公式に位置付けられた瞬間から、論点は一気に変わる。その時点で必ず問われるのは、なぜもっと早く止めなかったのか、なぜ注意喚起や制度対応を行わなかったのか、という点である。
行政責任は、結果責任ではなく、事前の判断過程の問題として浮上する。
問われるのは違法判断ではなく監督義務違反である
国家賠償や行政責任が成立するかどうかは、「監督義務違反」が認められるかにかかっている。一般に、行政の不作為が違法と評価されるためには、次の三点が問題になる。
・具体的な危険の予見可能性
・権限行使義務の存在
・権限不行使の著しい不合理性
2社間ファクタリングの場合、最大の争点は、この三点がどこまで満たされていたかである。
金融庁は、この市場が将来的に違法と評価される高度な可能性を、いつ認識していたのか。監督権限を行使すべき法的義務が、制度上どこまで存在していたのか。そして、何もしなかった判断は、裁量の範囲として許容されるのか。
単なる後知恵では国家賠償は成立しないが、内部認識の内容次第では評価は大きく変わる。
注意喚起すら行われなかったことの意味
特に重い意味を持つのが、金融庁が長年にわたり、この市場に対してほとんど公式な注意喚起を行ってこなかった点である。
仮に当局が、「現時点では違法と断定できないが、極めてリスクの高い取引である」「実質貸付と評価される可能性がある」といった一般的な警告を発していれば、後の評価は大きく異なっていたはずである。
しかし現実には、相談件数の増加や紛争の兆候が観測され始めても、当局から明確なメッセージはほとんど発せられなかった。この沈黙は、市場関係者にとって事実上の黙認として機能した可能性がある。
違法認定後に「違法だとは思っていなかった」「権限がなかった」と説明しても、なぜ注意喚起すら行わなかったのか、という問いからは逃れられない。
内部文書と検査記録が最大の争点になる
行政責任が争われる局面で決定的に重要になるのが、金融庁内部の文書と検査記録である。
検査報告書、ヒアリングメモ、内部検討資料、照会対応記録。これらはすべて、当局が何を知り、どのように評価していたかを示す一次資料になる。
もしそこに、実質貸付の懸念、高利回りへの警戒、紛争拡大の報告といった記載が残っていれば、「知らなかった」という説明は成立しない。「知っていたが動かなかった」という構図が成立すれば、行政責任の射程は一気に広がる。
問題は国家賠償だけでは終わらない
行政責任は、国家賠償にとどまらない。
違法認定後には、国会での追及、会計検査院の調査、行政監査、第三者検証委員会の設置など、制度全体の検証が必ず始まる。問われるのは個々の担当者の過失ではなく、監督体制の設計そのもの、制度外市場を放置した行政判断の妥当性である。
金融行政の信頼性そのものが、検証の対象になる。
最後に問われるのは止められた市場を止めなかった理由である
結局のところ、最大の争点はここに集約される。
2社間ファクタリング市場は、完全な制度外の闇市場ではなかった。銀行、証券、ファンドを通じて、金融庁の検査網の内部で、少なくとも断片的には観測可能な市場だった。
高率手数料、継続依存構造、紹介料転嫁、破綻の連鎖。これらはいずれも、長年にわたり検査網の内部で把握可能な事実だった。
違法認定後、当局に突き付けられるのは、結果責任ではない。
止められた市場を、なぜ止めなかったのか。
その一点である。
