2社間ファクタリングは、なぜ「説明したこと」にされるのか

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脱法金融は「理解させる」必要がない

2社間ファクタリングが脱法金融、脱法ファクタリング、合法ヤミ金と批判される最大の理由の一つが、「説明したことにする」だけで成立してしまう点にあります。健全な金融における説明とは、内容を理解させ、判断できる状態を作る行為です。しかし脱法金融においては、理解は不要です。署名さえ取れれば、「説明した」という事実が後付けで完成します。

説明とは「書いてあること」にすり替えられる

実際の現場で行われているのは、丁寧な説明ではありません。契約書や重要事項説明書に記載がある。それだけで説明責任を果たしたことにされます。手数料が実質的にどれほどの年利になるのか、資金繰りにどのような影響が出るのか、連続利用に陥る危険性があるのか。こうした核心部分は、書面の中に埋もれ、「読めば分かる」という一言で切り捨てられます。

理解できない前提で進む手続き

2社間ファクタリングの説明は、理解されないことを前提に設計されています。時間は与えられず、比較も許されず、専門用語が並ぶ書面が短時間で提示される。これで理解しろという方が無理です。それでも署名があれば、「説明は済んだ」という扱いになります。これは説明ではありません。合法ヤミ金が多用する形式的免責です。

「説明を受けたか」は問われても「理解したか」は問われない

問題が表面化した後、必ず確認されるのは「説明を受けたかどうか」です。「理解していたか」「判断できる状況だったか」は、ほとんど検証されません。説明行為そのものが目的化し、説明の中身は問われない。この構造が、脱法ファクタリングを安全そうに見せ続けています。

失敗後に強調される説明済みという事実

資金繰りが破綻し、連続利用に陥り、経営が行き詰まった後で必ず持ち出されるのが、「説明はしてある」「契約書に書いてある」という言葉です。説明が実質的に機能していなかった事実は無視され、説明したという形式だけが盾になります。こうして、すべての責任は利用者に回収されます。

説明が形骸化しているから規制が進まない

説明したことにできる構造は、行政にとっても都合が良い。説明義務が形式的に満たされている以上、深く踏み込む必要がなくなるからです。結果として、脱法金融、脱法ファクタリング、合法ヤミ金と指摘されながら、実態は放置され続けてきました。

結論:理解させない説明は、説明ではない

2社間ファクタリングにおいて行われているのは、説明ではなく免責の儀式です。理解できない状況で、理解できない内容を示し、署名を取る。それをもって説明責任を果たしたとする金融が、健全であるはずがありません。脱法金融、脱法ファクタリング、合法ヤミ金と呼ばれる所以は、まさにここにあります。説明したことにされる限り、この歪みは繰り返され続けます。