ある2社間ファクタリング業者のウェブサイトに、こんな一文が掲載されていた。
「詐欺罪として逮捕されているケースも増えているので注意が必要です」
この一言を読んだ利用者の多くは、おそらく「ファクタリング契約でトラブルになれば、刑事事件になるかもしれない」という不安を抱くだろう。とくに資金繰りに窮した中小企業経営者にとっては、「まさか自分が詐欺で逮捕されるのではないか」と萎縮し、泣き寝入りせざるを得ない状況に追い込まれる。
だが、冷静に考えてほしい。
ファクタリング契約に関するトラブルが、どれほどの確率で「詐欺罪」に発展しているのか。
そもそも、構成要件を満たすのか。
結論から言えば、ファクタリング契約において「架空の売掛債権を提示した」という事実だけでは、詐欺罪として刑事責任を問うことはできない。にもかかわらず、このような威圧的な表現を用いる業者の真の狙いは、利用者に“自分の立場は危うい”と思い込ませ、業者側の強い交渉ポジションを正当化することにある。言い換えれば、これは法的根拠に乏しい“脅し”であり、情報の非対称性を利用した支配の手法なのだ。
架空債権=詐欺ではない。ポイントは「返すつもりがあったか」
刑法246条が定める詐欺罪の構成要件は、以下の4点である:
- 欺罔行為(相手を騙す行為)
- 錯誤(相手が騙されて誤認)
- 財産的処分行為(相手が財産を渡す)
- 財産の移転と損害(損害が発生)
さらに、**「騙す意図=故意」**がなければ、詐欺罪として成立しない。
つまり、たとえ「実際には債権が存在しなかった」という事実があっても、利用者に“資金を返す意思”があり、かつ“最初から騙すつもりがなかった”のであれば、詐欺罪は成立しないのである。
実務上も、たとえばファクタリング契約後に、
「売掛先が倒産した」「予定していた入金がキャンセルになった」
といったケースは珍しくない。
そうした状況で資金返済が滞ったからといって、業者が「詐欺だ」と訴えても、検察は立件しない。なぜなら、経済取引上のリスクの範囲内であり、刑事事件に当たらないからだ。
逆に言えば、刑事事件化されるのは、たとえば最初から「ダミー会社で債権を捏造していた」としても「返済の意図が最初から皆無だった」といった、悪質かつ計画的な犯罪性が認定される場合に限られる。
それにもかかわらず、多くのファクタリング業者は、「架空債権=詐欺で逮捕」という短絡的なロジックをあえて流布している。しかも、具体的な逮捕件数や判例を一切示さないまま、“増えている”“危険だ”という漠然とした不安を煽る。これは、利用者の無知を利用した支配構造の形成に他ならない。
「刑事責任」という言葉で民事トラブルをすり替える
ファクタリング契約のトラブルの大半は、民事事件として処理されている。債権の実在性に争いがある場合も、それは基本的に「契約不履行」「説明義務違反」「債務不履行」など民事的枠組みで争われる。現に、裁判所で争われた多くのファクタリング訴訟では、刑事告発が受理された例は極めて稀だ。
だが、ファクタリング業者にとって、民事訴訟は時間もコストもかかる。敗訴リスクもあるし、請求が棄却されれば手数料回収もできない。そうした中、「刑事事件になりうる」という言葉を使うことで、相手を恐れさせ、返済を迫る圧力手段として使われている。
この構造は、いわば**“合法ヤミ金”が使う「家族に電話するぞ」と同じレベルの心理的圧力**である。違うのは、それが“法的な用語”を装っているという点だ。つまり、表面的には冷静で専門的な警告に見えるが、実態は威嚇と脅迫に限りなく近い言説なのである。
ファクタリング業者の“被害者”ポーズに騙されるな
さらに看過できないのは、こうした脅し文句が、「利用者のモラル低下によって業者が被害を受けている」という構図を作り上げるために使われている点だ。
つまり、ファクタリング業者=善意の金融事業者
利用者=潜在的加害者
という図式を印象づけることで、社会的信用の逆転現象を狙っている。
だが、実態はどうか。
業者側は、売掛債権の真偽を精査せず、通知もせず、わずかなヒアリングだけで資金を提供し、その見返りとして10〜30%を超える“手数料”を課す。
場合によっては、「返済義務のない債権譲渡契約」と言いながら、実質的には貸付と変わらない督促を行う。
そんな取引のなかで、利用者が資金を返済できなくなったときに、「詐欺罪で訴えるぞ」と言い出す――これは、まさに自己のずさんな審査や過剰な手数料設定を棚上げした、責任転嫁の姿勢に他ならない。
本来であれば、業者側には「債権の実在性を確認する義務」「通知の徹底」「手数料の透明性確保」といった、自主的な健全運営責任があるはずだ。にもかかわらず、利用者がつまずいた瞬間に「お前のせいだ、詐欺だ、逮捕されるぞ」と言い放つ姿勢は、金融業としてのモラルの欠如であり、制度を逆用した弱者狩りとすら言える。
終わりに──「逮捕されるかも」と思わせた時点で、彼らの勝ち
詐欺罪は、そんなに簡単に成立しない。
民事と刑事の境界線は、重い。
にもかかわらず、ファクタリング業者が“刑事罰”という言葉を簡単に使うのは、それが最も強力な“脅しのツール”だからだ。
これは、形式上は合法でも、実質的には「圧力と恐怖でカネを回収する」ヤミ金の手法と何ら変わらない。
違いがあるとすれば、それを「丁寧な注意喚起」「コンプライアンス」と偽装している点にある。
繰り返すが、「架空債権を提示した」だけでは、詐欺罪は成立しない。
「資金を返すつもりだった」のであれば、なおさらだ。
だからこそ、利用者はこのような“威圧的情報”に惑わされず、自らの法的立場を冷静に見極めるべきである。
ファクタリング業界の“真の詐欺”とは、こうした無知につけ込んだ言葉の暴力なのではないだろうか。

