ファクタリング会社が語らない“都合の悪い真実”──偽造と詐欺罪を盾にした「反社会的スキーム」の構造

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

いまや中小事業者の資金調達手段として広まりつつある「2社間ファクタリング」。しかしその実態は、金融庁の監督下にない“実質ヤミ金”であり、正当な貸金業としての責任も負わず、ただ“債権売買”という建前を武器に、利用者を法的・心理的に縛りつける危険な構造に他ならない。

とりわけ、2社間ファクタリングで名を馳せる「PMG(ピーエムジー)」という事業者のWebサイトには、典型的な自己正当化と“恫喝的法解釈”が並んでいる。以下、その一部を紹介しよう。

「契約書や通帳の写し、請求書などを偽造してファクタリング会社を騙すことは、刑法上の詐欺罪に問われる可能性があります。詐欺罪とは他人を欺く行為で錯誤に陥らせ、財物を交付させる行為のことであり、ファクタリング会社を錯誤に陥らせて売掛債権を買い取らせることも該当します。」

このような記述は一見、利用者を啓蒙しているようにも見える。しかし、その裏にあるロジックの欺瞞性を見抜かねばならない。


■ 「詐欺罪」を盾にした利用者恫喝──その前提が既におかしい

確かに、刑法246条に定める詐欺罪の構成要件に照らせば、他人を欺き、錯誤に陥らせ、財物を交付させれば犯罪は成立する。だが、ここで重要なのは**“故意”と“財物交付の因果関係”**である。

たとえば、請求書に記載された売掛債権の額が実際と多少異なるとしても、それが「単なるミス」なのか「返済意思を伴う一時的資金調達」だったのか――その心理状態と動機を立証できなければ、詐欺罪は成立しない。

これは刑法学において極めて基本的な論点である。刑事事件として立件されるには、「はじめからファクタリング会社を騙して金を取るつもりだった」という明確な“犯意”が求められる。

しかし現実には、「売掛先から遅れてでも回収して返済しようと思っていた」「契約書の解釈の相違であり、意図的ではない」という供述で、不起訴や立件見送りになる例は非常に多い。

つまりPMGのような業者が掲げる「偽造=即、詐欺罪」という主張は、刑法の運用実務から見ても不正確なのである。


■ 有印私文書偽造罪も成立は容易ではない

もう一点、PMGのサイトで強調されているのが「私文書偽造罪」だ。

「公文書以外の私文書でも偽造・変造する行為は刑法上の罪に問われることを十分に理解し、絶対に行わないことが大切です」

たしかに、刑法159条では、有印私文書偽造罪が規定されているが、ここで見落としてはならないのが**「行使の目的」**という要件である。

つまり、偽造された文書を社会的信用のある場面で行使(=使用)する目的がなければ、そもそもこの罪は成立しない。では、2社間ファクタリング業者という非公的・監督外の組織に対して提示した資料が、「社会的信用性を侵害する対象」と言えるだろうか?

そもそも2社間ファクタリングの取引自体が、「貸金業法や金商法の規制を免れるためのグレー手法」であり、そこに提出される資料も、銀行や公的機関とは異なり**“契約自由の原則”に委ねられた、極めて任意的・閉鎖的な世界**である。

そんな中で、仮に請求書や通帳の写しに多少の操作があったとしても、それが直ちに「社会の法的秩序を脅かす行為」と認定されるのか。これは法実務の世界でも評価が割れており、少なくとも自動的に刑事処罰が下るような性質のものではない。


■ 反社会的構造の中で“偽造の故意”を問えるのか?

ここで核心に触れよう。そもそも2社間ファクタリングそのものが、「売掛先に通知しない=真正譲渡ではない」「回収リスクは債権譲渡人に残ったまま」「実態は売却ではなく“貸付”」という、極めて構造的に不誠実な制度である。

このような「反社会的契約構造」に巻き込まれた利用者が、追い詰められた末に虚偽の請求書を出したとして、果たしてそれは**“完全な悪意”に基づく詐欺行為”**といえるのか?

たとえば、債権が架空であることをファクタリング会社も半ば承知の上で契約を結んでいる場合、もはやその関係は「共犯的取引」に近い。利用者の側だけを責め立てるのは、法的にも倫理的にも片手落ちである。

しかも、PMGのような業者は、利用者に少しでも支払い遅れが生じると、「契約違反だ」「債務不履行だ」「刑事告発する」といった、脅しに近い督促を執拗に行う。本来ならば契約の法的性質自体が問われるべきにも関わらず、全ての責任を利用者に転嫁し、自社のリスクを最小限に抑える“脅迫的手法”が横行しているのが実態なのだ。


■ 「偽造するな」は正論だが、「構造を偽るな」も同様に重要である

PMGの主張には一定の理屈がある。確かに、資料を偽造して金銭を引き出そうとする行為は許されるべきではない。しかし、同じくらい重い問題は、ファクタリング業者自身が“合法の皮をかぶった違法な構造”を押し付けているという点である。

契約上は「債権の売却」と言いながら、実態は「返済義務付きの資金提供」。通知もしない。回収も譲渡人にやらせる。リスクだけを丸投げし、自己は手数料という名の高利をせしめる。このような仕組みに“正当性”があると言えるだろうか?

もし資料の偽造が罪だというならば、“契約全体を偽造している”のはどちらなのか?


■ 結語:ファクタリングの「合法風スキーム」は欺瞞である

PMGのような2社間ファクタリング業者が、「偽造は犯罪」「詐欺罪に問われる可能性」と警鐘を鳴らすのは自由である。しかし、その言葉が正当性を持つためには、まず彼ら自身が“法に則った契約構造”を整備してからの話である。

反社会的な仕組みの上で、形式的な契約書に基づき、利用者だけを責め立てる――この構造自体が既に“倫理の偽造”であり、“商道徳の詐欺”である。

私文書偽造も、詐欺罪も、確かに重大な刑事法違反である。しかしその前に、もっと根本的な問いがある。

「この契約は、人間を救うのか、壊すのか」――

それに答えられない者が、「法」を語る資格などない。