沈黙の司法 ― 被害者救済を拒む法の壁

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

Ⅰ. 被害者は「契約してしまった」から救えない

 ファクタリング被害の相談を受けた弁護士が、最初に口にする言葉がある。
 ――「契約してしまった以上、無効を主張するのは難しい」。

 被害者の多くは、資金繰りの逼迫の中で「契約書にサインをした」事実を抱えている。
 そこに“自由な意思”があったかどうかは問われない。
 裁判所は、原則として書面に基づき判断する。

 仮に実態がヤミ金まがいであっても、
 契約書が「売掛債権譲渡契約」として整っていれば、
 民法上は“合意による取引”として有効とみなされるのが現実だ。

 つまり、どれほど理不尽でも、「サインした瞬間に負けている」
 この冷酷な現実を、司法の壁と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。


Ⅱ. 実質的貸付けの立証という“無理ゲー”

 弁護士がとくに頭を抱えるのは、「実質的貸付け」の立証だ。
 裁判所に「これは形式上の債権譲渡だが、実態は融資である」と認めさせるには、
 次の3点を証明しなければならない。

 1. 資金の流れが実際には“貸付金の交付”と同様であること
 2. 利息相当の手数料が過大であること
 3. 売掛債権の回収が実質的に業者側に帰属していないこと

 だが、業者は最初からこの立証を崩すように契約を設計している。
 「買取率」「譲渡通知」「償還義務なし」など、
 すべてが“合法の体裁”を整えている。

 仮に原告側が“高利貸し的実態”を主張しても、
 裁判所は「形式的には債権譲渡」として棄却することがほとんど。
 実際に、民事訴訟で被害者が勝訴するケースは極めて少ない。


Ⅲ. 刑事事件にならない“合法的搾取”

 では刑事告訴はどうか?
 残念ながら、これもほとんど門前払いである。

 警察にとって「貸金業法違反」や「出資法違反」が適用できるのは、
 あくまで“貸付け”が存在する場合に限られる。
 ファクタリングは形式上「債権の売買」であり、
 ここに“貸付金”がないため、刑法の射程外に置かれてしまう。

 仮に威迫行為や脅迫まがいの取立てが行われたとしても、
 被害届を出す頃には、音声・記録・証拠は残っていない。
 結果、警察は「民事不介入」として受理を拒否。

 こうして、司法の網の目をすり抜ける“合法的搾取システム”が完成する。


Ⅳ. 弁護士の限界と「経済合理性の壁」

 実務上、弁護士がファクタリング被害の救済を断念する理由の一つは、
 採算が取れないことだ。

 被害額が数百万円でも、訴訟コストと時間を考えれば、
 弁護士報酬を支払う余力のない事業者は依頼できない。
 法テラスも、原則として「事業者間取引」を支援対象外としている。

 つまり、被害者が法的救済を求める権利そのものが、
 経済的に封じられている
のだ。

 司法が機能しない理由は、法理論だけではない。
 現実的なリソース配分が、被害者救済を“割に合わない仕事”にしている。


Ⅴ. 裁判所の「中立」がもたらす不正義

 日本の裁判所は、基本的に契約の自由を絶対視する
 そのため、当事者の一方に明確な違法性がない限り、
 司法は積極的に介入しない。

 だが、この“中立”という立場は、時に不正義を助長する。
 力のある側――すなわち法務・契約・資金で圧倒的優位に立つ業者――が
 形式的な正当性を装えば、裁判所はその枠内でしか判断できない。

 つまり、**「形式的中立」=「実質的不正義」**という構図がここに生まれる。
 司法が中立であろうとするほど、被害者は切り捨てられていく。


Ⅵ. 司法の“沈黙”を破るために

 本来、司法は弱者を守る最後の砦であるはずだ。
 しかし今の制度では、形式と経済合理性が壁となり、
 その砦はすでに崩れかけている。

 求められるのは、「実質的貸付け」を推定できる新しい法理の整備だ。
 形式がどうであれ、一定の要件を満たせば貸金業法を適用できるようにする。
 また、事業者間取引であっても、被害救済の制度を拡充する必要がある。

 それは単なる法律論ではない。
 この国が「法による正義」を守る社会であり続けるための最低条件だ。


Ⅶ. 結語 ― “正義”は沈黙してはいけない

 ファクタリング問題は、もはや一部の悪徳業者の話ではない。
 司法・行政・政治・広告――すべての制度が、
 少しずつ「責任を回避する」ことで作り上げた構造的犯罪である。

 裁判所が形式を守り続ける限り、
 違法ではない“合法的搾取”はこれからも続くだろう。
 しかし、それを見過ごすことは、
 司法自身が“正義”の看板を自ら下ろすことを意味する。

 今こそ、法の形式よりも人の救済を優先する勇気が求められている。
 沈黙する司法に、もう一度“正義の声”を取り戻さねばならない。