■ 「事業者=強者」という思い込み
日本の金融規制は、長らく「事業者は自己判断能力を持つ強者である」という前提に立ってきた。
この前提のもと、消費者保護法制は原則として個人を対象とし、事業者間取引は市場の自律に委ねられてきた。
。だが、この前提はすでに現実と乖離している。
中小零細事業者や個人事業主の多くは、法務・金融・広告リテラシーを十分に持たず、資金繰りの逼迫時には選択肢も限られる。にもかかわらず、制度上は「事業者である」という一点だけで、消費者保護の枠外に置かれてきた。
■ 消費者保護法制が想定してきた世界
消費者契約法、特定商取引法、景品表示法。
これらの法律が想定しているのは、あくまで「私生活上の取引」であり、「生活者としての弱者」である。
。事業者向け金融は、「営利目的」「事業活動の一環」という理由で、この保護対象から意図的に切り離されてきた。
その結果、同じように誤認を誘う広告、情報の非対称性、不利な契約条件が存在していても、「事業者なのだから自己責任」として処理されてきた。
■ ファクタリングが突きつけた制度の矛盾
2社間ファクタリングは、この制度設計の歪みを最も露骨に可視化した存在である。
融資ではない。貸金業でもない。だが実態としては、資金繰りに窮した事業者が、極端に不利な条件で資金を得る手段となっている。
。手数料10%でも年利換算すれば100%を超える取引が、「事業者向けだから」「債権売買だから」という理由だけで、消費者保護の議論から排除されてきた。
これは、取引の実態ではなく、形式だけを見て制度を設計してきた結果である。
■ 「違法でなければ問題ない」という行政論理
行政が繰り返してきたのは、「違法ではない」という説明である。
しかし、違法でないことと、社会的に許容されることは同義ではない。
。事業者向け金融の分野では、「悪徳だが合法」というグレーゾーンが意図的に温存されてきた。
行政は、この領域を市場に委ねることで、結果的に情報弱者である中小事業者を保護対象から切り捨ててきたと言える。
■ アフィリエイト広告が暴いた現実
とりわけ深刻なのは、事業者向け金融が広告市場と結びついた瞬間である。
ファクタリング広告は、アフィリエイトやリスティング広告を通じて、「簡単」「安全」「即日」といった消費者向け商材と同じ文法で拡散されている。
。だが、制度上は「事業者向け取引」であるため、広告内容の誇張や重要事項の不記載に対しても、消費者保護の網がかからない。
このねじれこそが、現在の被害拡大の根本原因である。
■ AI時代に崩壊する自己責任論
さらに問題を複雑にしているのがAIである。
検索AIや生成AIは、アフィリエイト記事や広告LPを情報源として、事業者向け金融を「一般的で安全な選択肢」として説明する。
。行政は依然として「事業者なのだから自己責任」という姿勢を崩さないが、AIによる誤情報拡散の前では、その前提自体が崩壊している。
情報環境が汚染されている以上、自己責任論はもはや成立しない。
■ いま問われるべき制度転換
問われているのは、「事業者向け金融を規制するか否か」ではない。
事業者であっても、情報弱者になり得るという現実を制度が認めるかどうかである。
。広告、AI、プラットフォームを通じて取引が誘導される時代において、従来の「事業者=強者」という前提は破綻している。
ファクタリングをきっかけに、事業者向け金融もまた、消費者保護に準じた視点で再設計されるべき段階に来ている。
■ 自己責任で片付けてきたツケ
事業者向け金融を消費者保護から外し続けてきた結果、行政は何を守り、誰を切り捨ててきたのか。
その答えは、ファクタリング広告の氾濫と、沈黙する被害者の増加に表れている。
。制度の空白は、必ず悪用される。
そしてその空白を放置してきた責任は、市場だけでなく、行政にも確実に存在している。

