行政不作為はいつ成立するのか

ファクタリングの違法性と契約について

■ 「何もしなかった」だけでは足りない

まず押さえるべき前提がある。
行政不作為は、「行政が何もしなかった」だけでは成立しない。

法律上、行政には原則として広い裁量が与えられている。
何を規制するか。
いつ動くか。
どこまで介入するか。

そのため、単なる放置や消極姿勢だけでは、直ちに違法とはならない。

■ 不作為が問題化する瞬間

行政不作為が法的に問題となるのは、条件が重なったときだ。

① 危険性や被害の発生が予見可能であったこと。
② 行政が介入できる権限を持っていたこと。
③ にもかかわらず、合理的理由なく対応しなかったこと。
④ その結果、被害が拡大したこと。

この四点が揃ったとき、不作為は「裁量」ではなく「違法」に近づく。

■ ファクタリングは予見可能だったのか

ここで、ファクタリングに当てはめてみる。

短期資金繰りに依存させる構造。
実質年利換算で極端に高額になるコスト。
倒産寸前の事業者が集中する市場。
広告や比較サイトによる過剰誘導。

これらは、ここ数年で突然現れた現象ではない。
金融庁、消費者庁、法務当局は、少なくとも注意喚起レベルでは把握していた。

つまり、予見可能性は否定しづらい。

■ 権限は本当に「なかった」のか

行政はよくこう言う。
「明確な規制権限がない」。

しかし、これは半分しか真実ではない。

金融商品として扱わない判断をしたのは、行政自身だ。
金融と認めなければ、金融規制が及ばないのは当然である。

だが、
消費者保護。
広告表示。
不当勧誘。
情報提供の適正性。

これらについては、全くの無権限ではなかった。

■ 「判断しない」という判断

重要なのはここだ。

行政は、
規制できなかったのではない。
規制しないという判断をしてきた。

金融ではない。
事業者向けだ。
民民の取引だ。

こうした言語を選び続けることで、介入を回避してきた。

この時点で、不作為は偶然ではなく「政策選択」になる。

■ 被害拡大との接続点

行政不作為が成立する最大の争点は、被害との因果関係だ。

ファクタリング利用者の多くは、資金繰りに追い込まれた零細事業者だ。
情報格差が大きく、広告やAIの説明を強く信頼する。

その環境で、高コスト構造が放置され、誤認誘導的情報が是正されず、注意喚起が抽象論にとどまった。

結果として、利用が拡大し、被害も拡大した。

ここに、因果関係が生じる余地が出てくる。

■ 「違法」と認定されないための防波堤

だからこそ行政は、線を引いている。

金融とは言わない。
違法とは断定しない。
一般論として注意喚起にとどめる。

これは慎重さではない。
不作為が法的評価に入らないための防波堤だ。

■ 国家賠償が難しい本当の理由

よく言われる。
「国家賠償はほぼ無理だ」。

それは間違いではない。
だが理由は、被害が軽いからではない。

行政が、
義務を明示されない位置に自ら立ち続けているからだ。

金融と認めない。
監督対象にしない。
強制力ある措置を取らない。

この構図が、不作為成立の入口を閉ざしている。

■ それでも論点は積み上がっている

ただし、状況は変わりつつある。

被害の継続性。
広告とAIによる情報拡散。
事業者という名の金融弱者。
制度的な空白の固定化。

これらが積み上がるほど、「いつかは動くべきだった」という評価が現実味を帯びる。

行政不作為は、ある日突然成立するものではない。
時間と被害の蓄積によって、成立に近づいていく概念だ。

■ 結論:不作為は、すでに問いの段階に入っている

現時点で、行政不作為が法的に断定できるか。
それは、まだ難しい。

だが、「成立し得ない」と言い切れる段階は、すでに過ぎている。

問われているのは、違法かどうかではない。
いつまで放置を続けるのかである。