行政は知らないのではない。
知っている。把握している。問題も理解している。
それでも止めない。
この事実を直視しなければならない。
1. 行政は「被害が出ている」ことをすでに把握している
・高率手数料
・常用による資金繰り悪化
・倒産事例
・ヤミ金類似との境界問題
これらは、相談件数、業界研究、内部資料としてすでに十分蓄積されている。
「実態が分からないから動けない」という言い訳は成立しない。
2. 止めない最大の理由は「金融と認めたくない」から
二社間ファクタリングを金融と認めた瞬間、何が起きるか。
・金利規制の議論が始まる
・登録・監督の必要が出る
・行政責任が発生する
・過去の放置が問題化する
つまり―行政自身が説明責任を負う立場に立たされる。
だから言い続ける。
「金融ではない」
「民間の債権取引」
「事業者同士の契約」
これは事実認定ではなく、責任回避のための政治的言語だ。
3. 「事業者向け」という魔法の言葉
行政が最も多用する免罪符がこれだ。
「事業者向けだから自己責任」
しかし現実には、
・零細
・個人事業主
・実質的に生活がかかった事業
情報力も交渉力も消費者以下の層が使っている。
それでも行政は、「消費者ではない」の一言で切り捨てる。
これは法解釈ではない。
見て見ぬふりを正当化するための方便だ。
4. 止めない方が“楽”だから
正直に言えば、これに尽きる。
・監督制度を作らなくていい
・業界と対立しなくていい
・広告規制に踏み込まなくていい
・責任を問われない
放置は怠慢ではない。
行政にとって合理的な選択なのだ。
被害は民間に押し付けられ、
政治的コストはゼロ。
だから止まらない。
5. 行政不作為は、すでに成立している
「検討している」
「注視している」
「個別事案には対応している」
この言葉が何年も続いた時点で、
それはもはや準備期間ではない。
不作為という政策判断である。
結論:止めないのではない、止めないと決めている
行政は、
・知らないのではない
・気づいていないのでもない
・法的に不可能なわけでもない
止めると面倒だから止めない。
この構造が変わらない限り、次に食われる側は、確実に存在する。
このモデルが残る限り、誰が次に食われるのか
――二社間ファクタリングが狙う“次の層”
このビジネスモデルは、決して自然消滅しない。
なぜなら、常に新しい“弱った事業者”が生まれる社会構造があるからだ。
1. 最初に食われたのは「資金繰り難の零細事業者」
これはすでに終わった話だ。
・建設
・運送
・IT下請
・個人事業主
ここは、もう何度も刈り取られている。
業者側も分かっている。
同じ層は長く持たない。
だから次に進む。
2. 次に狙われるのは「一見、普通の中小企業」
次のターゲットは、ここだ。
・売上はある
・社員もいる
・銀行とも一応取引がある
だが、
・一時的な資金ショート
・取引先の支払い遅延
・景気悪化
この“揺らぎ”の瞬間を狙う。
「今回は一度だけ」
「つなぎとして」
その一度が、連鎖の入り口になる。
3. 「健全企業でも使える」というナラティブの危険性
最近強調される言葉がある。
「成長企業も使っています」
「戦略的資金調達」
これは拡大戦略だ。
実態は、
・資金繰りが悪化してから使うと遅い
→ だから
・悪化する前に使わせよう
予防名目の収奪への進化である。
4. 次に壊されるのは「判断力」
金だけではない。
・銀行との関係
・財務規律
・長期視点
これらが、短期キャッシュの快感で壊される。
気づいた時には、
「もう戻れない」
「これしかない」
事業が潰れる前に、経営判断が潰されている。
5. このモデルが生き残る限り、被害は必ず拡大する
これは悪徳業者の問題ではない。
・市場
・広告
・行政
・法の隙間
社会構造として“食われる側”を生み続ける装置だ。
だから、
「気をつければいい」
「選ばなければいい」
では終わらない。
結論:次に食われるのは「まだ大丈夫だと思っている層」
破綻寸前の事業者ではない。
もう食い尽くされた。
次は、
・まだ余力がある
・まだ判断できると思っている
・まだ逃げ道があると信じている
その慢心こそが、次の餌になる。

