規制の有無だけで善悪は判断できない
ファクタリングについて語られるとき、しばしば話題になるのが規制の有無です。
規制されていないのは問題ではないのか。
なぜ放置されているのか。
こうした疑問は自然なものです。
ただし、規制がないこと自体が、直ちに不当性を意味するわけではありません。
法制度は、常に社会の変化を後追いする性質を持っています。
まずは、その前提を押さえる必要があります。
法制度が想定している取引の枠組み
日本の法制度では、金銭消費貸借と債権譲渡は、明確に区別されています。
借入には利息制限や貸金業規制が適用されます。
一方で、債権の売買は、原則として当事者間の契約に委ねられています。
ファクタリングは、この後者の枠組みに位置づけられます。
形式上は、あくまで債権譲渡です。
そのため、貸金業としての規制は直接には及びません。
制度と実態のズレが生まれる理由
問題が指摘されやすいのは、制度上の分類と、利用実態が必ずしも一致していない点です。
債権の売買として設計された枠組みが、資金調達手段として広く使われるようになりました。
この変化は、法制度が想定していた利用範囲を超えています。
結果として、規制の網がかからない領域で、実質的には資金供給に近い取引が行われることになります。
ここに、違和感の正体があります。
規制されにくい構造そのもの
ファクタリングが規制されにくい理由は、特定の業者が巧妙だからという単純な話ではありません。
取引の形式が、既存の法制度に収まってしまう構造そのものにあります。
債権譲渡である以上、手数料が高くても、それ自体を違法と判断するのは難しくなります。
また、契約が当事者間で合意されていれば、外形的には成立してしまいます。
この点が、利用者保護の議論を難しくしています。
説明責任というグレーゾーン
法的に問題がないことと、説明が十分であることは別の話です。
制度上は適法でも、利用者が内容を正確に理解していなければ、結果として不利益を被ることがあります。
現在の制度では、説明の質や量について、明確な基準が設けられていません。
この空白が、誤解を助長する一因になっています。
制度は誰を守っているのか
ここで立ち止まって考える必要があります。
現行の制度は、誰のために機能しているのかという点です。
契約自由の原則は、取引の柔軟性を確保します。
一方で、情報量や交渉力に差がある場合、その自由は一方的に働くことがあります。
ファクタリングを巡る議論は、このバランスの問題でもあります。
問われているのは制度そのものではない
重要なのは、制度を一括りに否定することではありません。
また、利用者の自己責任だけで片付けることでもありません。
どのような前提で、どのような説明が行われ、どのような判断が下されたのか。
この過程を可視化することが、啓発の役割です。
次回へのつながり
第5回では、ファクタリングと法制度との距離を整理しました。
最終回では、ここまでの内容を踏まえ、利用を検討する際に必要な視点をまとめます。
使うか。
使わないか。
その判断を支える基準を、文章として整理します。

