2社間ファクタリングが問題として語られる場面では、必ず「違法ではない」という言葉が先に置かれます。
この一言によって、議論の多くは途中で止まります。
しかし、合法という評価は、安全性や妥当性を保証するものではありません。
それは単に、現行法が禁止していないという状態を示しているにすぎません。
にもかかわらず、社会的には「問題がない」という意味にすり替えられてきました。
この誤解が、検証されるべき制度を長く温存させてきたのです。
規制がないことは、問題がないことではない
本来、規制が存在しない制度は、検証が終わっていない状態を意味します。
ところが現実では、問題がないから規制されていないという逆の理解が広く共有されています。
この認識の転倒が、責任の所在を曖昧にします。
制度は未整備のまま。
結果は発生し続ける。
それでも、誰も違法ではない。
こうして、構造だけが残ります。
注意喚起では構造は変わらない
問題が指摘されると、次に示されるのは注意喚起です。
契約内容をよく読むこと。
手数料を理解すること。
安易に利用しないこと。
しかし、これは解決策ではありません。
責任を個人の判断に戻しているだけです。
冷静に考えると、注意できる余地がある人は、この制度を使いません。
選択肢が残っている人は、別の手段を取れます。
2社間ファクタリングを利用するのは、すでに余地を失った段階にある人です。
注意喚起が機能しないのは、構造的に当然です。
合法という言葉が議論を止めてきた
合法という言葉は、結果を問う前に議論を終わらせます。
実際に何が起きているのか。
同じ結果が繰り返されていないか。
社会的な損失は発生していないか。
これらの問いは、「合法だから」という理由で後回しにされてきました。
その結果、制度は評価されないまま残り続けています。
見えない社会的コスト
2社間ファクタリングによる影響は、統計に表れにくい特徴を持ちます。
倒産理由は分散され、表面上は別の要因として処理されます。
資金繰り悪化。
受注減少。
外部環境の変化。
しかし、同じ制度が繰り返し介在しているなら、それは偶然ではありません。
事業の継続性が損なわれ、雇用が不安定になり、地域経済に影響が及ぶ。
社会的コストは、静かに蓄積されます。
合法というラベルは、それを見えなくしてきました。
第6回の整理
2社間ファクタリングが長く問題視されなかった理由は、合法だったからではありません。
合法という言葉が、思考を止める装置として機能してきたからです。
制度は、意図ではなく結果で評価されるべきです。
結果が一貫して事業と生活を圧迫しているなら、その制度は是正の対象になります。
次回は最終回です。
使うか使わないかという議論を終わらせます。
なぜ、この制度は「存在してはならない」のか。
そこを結論として示します。

