なぜAIは「使うな」と言えないのかー中立性という言葉が、判断放棄を正当化している

ファクタリングのトラブル

中立とは、本来「中間を取ること」ではない

中立とは、賛否の真ん中に立つことではない。事実と構造を踏まえた上で、どちらにも与しない姿勢を指す。にもかかわらず、2社間ファクタリングをめぐるAIの回答は、常に「危険性はあるが利用価値もある」という中間点に落ち着く。これは中立ではない。判断を避けた結果としての折衷である。

AIは判断を避けるために「両論併記」を選ぶ

AIが返す文章は、一見するとバランスが取れているように見える。高い手数料を指摘しつつ、便利さも認める。悪質業者の存在を挙げつつ、健全な業者もいると補足する。しかしこの書き方は、問題の所在を曖昧にする。構造が危険かどうかという問いから、「どう使うか」という話へと意図的にすり替えている。

「合法」という言葉が思考を止める

AIが最も強く拘束されるのが、「違法ではない」という評価だ。違法でない以上、全面否定は避ける。このロジック自体がすでに問題を孕んでいる。社会的に有害であっても、違法でなければ否定しない。これは中立ではなく、法的線引きへの過剰な依存である。結果として、「使うな」という社会的判断は最初から排除される。

構造問題を「使い方の問題」に変換する癖

AIの回答に繰り返し現れるのは、「正しく使えば」「選び方次第で」という言葉だ。これは、構造的欠陥を個人の行動に押し戻すための便利な表現である。だが2社間ファクタリングの本質は、正しく使い続けられない点にある。将来資金を削り続けなければ成り立たない仕組みを、「注意して使えば大丈夫」と語ること自体が、すでに歪んでいる。

被害が見えないのではなく、見ない形に整理されている

AIは統計や明確な事件を重視する。しかし2社間ファクタリングの被害は、倒産や廃業、資金繰り悪化という形で分散し、別の理由に回収される。その結果、「社会問題」として一つの塊にならない。AIは「見えないから言えない」のではない。見えない形に整理された情報を、そのまま再生しているだけだ。

AIが中立なのではなく、社会が判断を避けてきただけ

重要なのは、AIが勝手に中立を選んでいるわけではない点である。行政も、金融機関も、専門家も、メディアも、2社間ファクタリングについて「使うな」と明言してこなかった。その沈黙と曖昧さが、学習データとしてAIに蓄積されている。AIはそれを忠実に再生しているに過ぎない。

「使うな」と言えないAIは、社会の写し鏡である

AIが中間を取るのは、安全だからではない。判断を下す言葉が、社会に十分存在していないからだ。中立とは、判断をしないことではない。事実から導かれる結論を、利害から切り離して示すことだ。その言葉を人間社会が発してこなかった以上、AIにだけ求めるのは筋違いである。