なぜ2社間ファクタリングだけ「被害統計」が存在しないのか

ファクタリングの違法性と契約について

見えないのではない。見せていないだけだ

金融商品や金融取引に問題が生じれば、通常は数字が残る。相談件数、苦情件数、行政対応、訴訟、指導履歴。これは被害を把握し、制度を是正するための最低条件である。

ところが、2社間ファクタリングにはそれが存在しない。被害の全体像を示す公式統計はなく、継続利用率も、破綻率も、撤退後の実態も集計されていない。これは偶然ではない。制度設計の段階から「集まらない構造」になっている。

■ 金融ではないという建前が統計を消す

2社間ファクタリングは、貸付ではなく債権譲渡と整理されている。この建前によって、貸金業に課される各種の報告義務、監督、統計収集の枠外に置かれている。

貸金業であれば、登録制度があり、監督官庁があり、相談窓口があり、数字が集まる。しかし2社間ファクタリングは、実態としては金融でありながら、金融として扱われていない。この分類上の逃げ道が、最初から統計の空白を生んでいる。

■ 行政は「問題として定義していない」

行政が被害統計を集めない最大の理由は、「問題として定義していない」からである。問題として定義していない以上、被害類型も調査項目も存在せず、当然ながら集計の予算も人員も付かない。

重要なのは、「被害が少ないから統計がない」のではないという点だ。統計を作らないから、被害が存在しないことにされている。この順序が完全に逆転している。

■ 相談は分散され、数にならない

2社間ファクタリングに関するトラブルは、金融庁、消費者庁、中小企業庁、警察、弁護士会などに断片的に届いている。しかし、どこにも専用の受け皿はない。

相談はそれぞれの窓口で個別案件として処理され、分類され、分散される。横断的に集計されることはなく、全体像として可視化されることもない。被害は存在するが、数として残らない。これは偶然ではなく、制度上そうなるように放置されている。

■ 数字が出れば、規制論は避けられなくなる

被害統計が存在しない最大の理由は、数字が出てしまえば規制論から逃げられなくなるからだ。相談件数が可視化され、実質的な高負担構造が明らかになり、継続利用率や破綻率が示されれば、「個別の問題」では処理できなくなる。

だから数字は作られない。数字がなければ議論は起きず、議論が起きなければ現状は維持できる。これは無作為ではなく、極めて都合の良い沈黙だ。

■ 業者にとって「見えない被害」は最大の防御壁

被害統計が存在しないことは、2社間ファクタリング業者にとって大きな利益になる。成功事例は語れる。スピードや利便性は強調できる。実績ページは作れる。

一方で、失敗事例、依存の実態、離脱後の経営、破綻までの経路は数字にならない限り問われない。見えない被害は、業界全体を守る最大の防御壁になっている。

■ 統計がない市場は、自己修正できない

健全な市場には、成功と失敗の両方が可視化されている。しかし2社間ファクタリング市場には、失敗を測る仕組みそのものが存在しない。

失敗が見えなければ改善は起きない。淘汰も起きない。結果として、より過酷な設計、より依存を生む仕組みほど生き残る。これは市場として致命的な欠陥だ。

■ 「被害がない」のではなく「数えない」

繰り返すが、2社間ファクタリングに被害統計がないのは、被害が存在しないからではない。数えないから、存在しないことにされている。この一点に尽きる。

■ 数字を拒む市場は、すでに危険である

金融に近い行為でありながら、被害統計を持たず、全体像を示さず、注意喚起だけで済ませている市場。それを健全と呼ぶことはできない。

被害統計の不存在は、安全の証明ではない。それ自体が、すでに危険信号である。