合法ヤミ金が市場として生き延びる条件
通常、ビジネスモデルは数字で評価される。利用者数、継続率、解約率、事故率、苦情件数。これらが公開され、比較され、検証されることで、市場は健全性を保つ。
ところが2社間ファクタリングを含む脱法金融には、そうした数字が存在しない。にもかかわらず、このビジネスモデルは消えない。むしろ拡大を続けている。これは偶然でも例外でもない。数字を出せないからこそ成立している構造がある。
■ 成果が「瞬間」だけで完結している
2社間ファクタリングの成果指標は、極端に短期だ。
入金までのスピード。
契約成立率。
当日対応。
この時点で取引は「成功」と定義される。利用後に何が起きたかは、成果指標に含まれない。継続利用による資金繰り悪化、手数料負担の累積、依存構造の固定化は、最初から評価対象外に置かれている。
成果を瞬間に切り取れば、長期の数字は不要になる。この設計自体が、数字を持たないことを前提にしている。
■ 失敗が「顧客の事情」に回収される
数字を出すためには、失敗を定義しなければならない。しかし脱法金融では、失敗は常に利用者側の事情として処理される。
経営判断が甘かった。
資金管理ができていなかった。
環境が悪かった。
こうして、取引そのものの失敗は存在しないことになる。失敗が存在しなければ、当然、失敗率も事故率も発生しない。数字を出せないのではなく、数字が生まれないように整理されている。
■ 比較不能な市場は検証されない
健全な市場では、他の商品や他の手段との比較が行われる。しかし2社間ファクタリングは、銀行融資とも、公的支援とも、同じ基準で比較されない。条件も期間も前提が違うからだ。
比較できない市場では、相対評価が起きない。相対評価が起きなければ、客観的な数字も不要になる。市場は閉じ、内部の論理だけで自己正当化を続ける。
■ 「語られない数字」は責任を生まない
数字が存在しなければ、誰も責任を取らなくて済む。
行政は、統計がないから動けない。
専門家は、データがないから断定できない。
メディアは、裏付けがないから踏み込めない。
こうして、数字の不存在が、責任の不存在に直結する。これは欠陥ではなく、極めて合理的な防御構造だ。
■ 実績だけを並べれば、検証は不要になる
数字を出せないビジネスモデルは、代わりに「実績」を並べる。
何社支援したか。
どれだけスピード対応したか。
どんな業種で使われたか。
これらは定量に見えるが、検証可能な数字ではない。成功の定義が業者側にしか存在しないため、失敗と対になることがない。実績は、数字の代用品として機能する。
■ 利用者が入れ替われば、追跡は不要になる
継続利用を前提にしないモデルでは、長期追跡は意味を持たない。資金繰りに追い込まれた事業者は、いずれ市場から退出する。改善して抜けるか、消耗して消えるかは問われない。
顧客が循環する構造では、長期データは不要だ。入れ替わり続ける限り、全体像は見えない。数字を持たないまま、モデルは回り続ける。
■ 数字が出せないのではない。出せば崩れる
決定的なのはここだ。
このビジネスモデルは、数字を出せないのではない。出せば成立しなくなる。
継続利用率。
実質負担率。
利用後の経営悪化率。
破綻までの平均期間。
これらを開示した瞬間、選択肢という言葉は使えなくなる。必要悪という言い換えも通用しなくなる。だから数字は沈黙する。
■ 数字を拒むモデルは、すでに答えを示している
健全なビジネスは、数字を恐れない。むしろ数字によって信頼を得る。
数字を出せないモデルは、それ自体が最大の自己告発だ。
数字を出せないのに成立している市場があるとすれば、それは市場が健全だからではない。問いが発生しないように設計されているからだ。

