合法ヤミ金を“合法”のまま放置する社会的コスト

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見えない支払いは、誰が肩代わりしているのか

合法ヤミ金は、違法ではない。
少なくとも、そう扱われている。
だから規制はされず、統計もなく、問題は個別事案として処理される。

しかし「合法であること」と「社会的に無害であること」は同義ではない。
合法ヤミ金を合法のまま放置することで、社会はすでに膨大なコストを支払っている
それが可視化されていないだけだ。


■ コスト①:倒産の“理由不明化”

2社間ファクタリングを利用した事業者が倒産しても、その原因に合法ヤミ金的資金調達が記録されることはほとんどない。

決算書には残らず、統計にも現れず、倒産理由は「売上不振」「資金繰り悪化」と整理される。

結果として、本来検証されるべき
「なぜ資金繰りが改善しなかったのか」
「なぜ繰り返し前倒しが必要だったのか」
という問いは、構造ごと消える。

これは、社会が“学習機会”を失っているというコストだ。


■ コスト②:制度設計の誤作動

合法ヤミ金が市場として成立しているという事実は、本来、制度の失敗を示す警告である。

・銀行融資が届かない
・公的支援が遅い
・信用補完が機能していない

だが合法のまま放置されると、これらは「市場の多様性」「選択肢の一つ」にすり替えられる。

制度が機能していないことを、市場が“代替してくれている”と誤認する。
これは、制度改善が永久に先送りされるという社会的コストだ。


■ コスト③:中小事業者の静かな消耗

合法ヤミ金の特徴は、一気に破壊しないことだ。

少しずつ削る。
利益を削り、判断力を削り、時間を削る。
その結果、事業者は疲弊するが、爆発的な事件は起きない。

社会は「大きな被害が出ていない」と錯覚する。
しかし実際には、本来成長できた事業
持続できた雇用
地域に残れた企業
が、静かに失われている。

これは、数字に表れない経済損失だ。


■ コスト④:「説明しなくていい市場」が生まれる

合法ヤミ金が合法である限り、誰も全体像を説明しなくて済む。

・事業者は「契約です」と言えばいい
・紹介者は「選択肢です」と言えばいい
・行政は「違法ではありません」と言えばいい

この状態が続くと、説明責任を果たさないビジネスモデルが生き残る

これは極めて危険だ。
なぜなら、その論理は他分野にも横展開できてしまうからだ。


■ コスト⑤:「自己責任」という安価な免罪符

合法ヤミ金が放置される最大の理由は、自己責任という言葉が非常に安く、便利だからだ。

・行政は責任を負わない
・市場は是正されない
・専門家は距離を取れる

その代わり、すべてのリスクを事業者一人に押し付ける。

これはコストの外注だ。
社会全体で負うべき調整コストを、最も弱い立場に集中させている。


■ 合法であることは、無償ではない

合法ヤミ金を合法のまま放置することで、社会は確かに摩擦を減らしている。

規制論争は起きない。
業界との対立もない。
即時の混乱もない。

しかしその代償として、倒産の理由は見えなくなり、制度は更新されず、市場は歪み、責任は個人に押し付けられる。

これは、将来にツケを回す選択だ。


■ 問題は「禁止するか」ではない

ここで問うべきは、合法ヤミ金を禁止すべきかどうか、ではない。

なぜ、合法ヤミ金という構造を
検証せず
数値化せず
説明責任も問わず
“なかったこと”にできているのか。

この沈黙こそが、社会が支払い続けている最大のコストだ。


■ コストは、請求書なしで届く

合法ヤミ金を放置した社会的コストは、請求書の形では届かない。

届くのは、減った企業、疲弊した経営者、更新されない制度、学習しない市場だ。

それでもなお「合法だから」で済ませ続けるなら、それは選択ではない。
ただの先送りだ。