2社間ファクタリングは「合法ヤミ金」なのか──概念としての位置づけを考える

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

2社間ファクタリングは、形式上は「売掛債権の売買契約」である。
しかし、実務の世界では、これを単なる債権譲渡として理解する人はほとんどいない。
資金に困った企業に対して資金を前倒しで渡し、その見返りとして極めて高い対価を要求する仕組みとして運用されている。

ここに、「合法ヤミ金」という言葉で語られる理由がある。

形式は合法。
しかし、実質はヤミ金と同質。
この二つの顔を併せ持つ点が問題の核心である。


「合法」であることが免罪符になるわけではない

2社間ファクタリングを擁護する側が必ず口にする言葉がある。
それは「違法ではない」という一点である。

確かに、法技術的には債権譲渡契約として整理される。
貸金業法の直接の適用対象にはならず、金利規制からも外側に置かれる。
この構造の上にビジネスモデルが成立していることは事実である。

しかし、ここで問うべきことは別にある。
「合法かどうか」ではなく、「社会的に許容すべきかどうか」である。

合法であれば何をしてもよいわけではない。
合法であることを盾にして、実態としては過度に不利な契約を弱い立場の企業に押し付けているのであれば、それは社会的に問題がある。
この意味で、2社間ファクタリングは「合法であることを逆手に取る形で成立しているヤミ金的構造」と言える。


なぜ「ヤミ金的な構造」と言えるのか

ヤミ金の本質は、金利の高さそのものだけではない。
それよりも重要なのは、利用者が返済不能に追い込まれる構造にある。

2社間ファクタリングは、手数料という名目を取ることで金利という言葉から距離を置いている。
しかし、実質的には短期間で極めて高いコストを要求する。
さらに、利用すればするほど将来のキャッシュフローが前倒しで消えていくため、慢性的な資金不足に陥る。

その結果、次の現象が起こる。

一度利用するとやめにくくなる。
資金繰りが恒常的に苦しくなる。
手元資金が枯れ、次の利用に追い込まれる。

この流れは、ヤミ金利用者が多重債務に陥る過程と本質的に変わらない。
借金という形式ではないだけで、実態としては同じ方向へ企業を追い込む。


「即日」「審査が早い」が危険な誘惑になる

宣伝の表現に注目すると、危険性がより明確になる。

即日入金
最短30分
オンライン完結
審査が緩い

これらの言葉はすべて、資金に困っている企業の心理を的確に突いている。
切迫した状況にあるとき、人は「いま助かるかどうか」に判断基準を集中させる。
コストや将来への影響を冷静に計算する余裕はなくなる。

この心理状態に対して、「スピード」をエサにした高コスト取引が提示される。
これこそが、ヤミ金的である最大の理由である。


社会悪としての側面──被害は個人の自己責任では終わらない

2社間ファクタリングの利用者は中小企業が中心である。
資金的余裕が十分にある企業は、そもそもこの商品を必要としない。

つまり、もっとも苦しい企業ほど、もっとも高いコストの取引に誘導される構造になっている。
市場の弱者に負担を集中させる仕組みは、それだけで社会的に問題が大きい。

しかも、2社間ファクタリングの利用は連鎖しやすい。
一度の利用で終わらず、常態化し、経営判断を歪め、最終的には廃業や破産に至る例も珍しくない。

この現実を前にして、「自己責任だから仕方がない」という言葉で片づけるのはあまりに乱暴である。
制度の隙間に置かれた金融商品が、構造的に弱い立場の企業を食い物にしているからである。


「合法ヤミ金」をなくす責任は誰にあるのか

責任は、利用者だけに帰属しない。

  • 制度の穴を放置している立法と行政
  • 宣伝を拡散する比較サイトや広告媒体
  • 手数料を巧妙に表現して実質金利を隠す業者

社会全体が、この構造の維持に関与している。

だからこそ、2社間ファクタリングは、単なる一商品の問題ではない。
「合法という外観をまとったヤミ金構造を、社会として許容するかどうか」という問いである。

結論として言えるのは次の一点である。

2社間ファクタリングは、契約形式の上では合法であっても、社会的実態としてはヤミ金的性質を有している。
そして、その性質が中小企業の経営基盤を蝕んでいる以上、放置してよい存在ではない。