2社間ファクタリングは、いつ「切り捨てられる金融」になるのか

ファクタリングのトラブル

2社間ファクタリングは、長らく「問題はあるが、消えない金融」として扱われてきた。違法ではない。需要がある。代替手段が乏しい。この三点が揃う限り、市場は存続する。しかし2026年新春の時点で見えてきたのは、永続ではなく、切り捨てられる順番が近づいている兆候である。

切り捨ては「規制」ではなく「採算」で始まる

多くの人が、2社間ファクタリングの終焉を規制によって想像する。しかし現実的なのは、行政より先に市場が冷えるパターンだ。広告単価の上昇、送客効率の低下、未回収リスクの増大。この三つが同時に進行した時、業者側の採算が急速に悪化する。

2026年時点ですでに、比較サイト経由の送客コストは上昇し、質の低い案件が増えている。これは市場成熟ではなく、末期に近い兆候と見る方が自然だ。

銀行・ノンバンクが距離を取り始めた時

2社間ファクタリングが切り捨てられる決定的な局面は、銀行やノンバンクが「黙って距離を取る」段階に入った時である。公式に否定する必要はない。提携しない。紹介しない。話題にしない。それだけで十分だ。

金融機関は、常に自らの信用を最優先に行動する。世論や行政の空気が変わった瞬間、過去に容認していた取引から一斉に手を引く。その切り替えは早い。2社間ファクタリングが切り捨てられる時も、静かに、しかし一気に進む可能性が高い。

広告が「割に合わなくなった瞬間」

広告が止まる時は、倫理ではなく効率が理由になる。即日、審査不要、通過率といった言葉が、もはや新規利用者を呼び込まなくなった時、広告は役割を終える。

特に比較サイトは、潮目の変化に極端に敏感だ。送っても成約しない。クレームが増える。行政照会のリスクが高まる。この状態になれば、比較対象から外される。その瞬間、業者は市場から事実上切り離される。

利用者側の「語り始め」が臨界点になる

2社間ファクタリングが社会的に切り捨てられるかどうかを左右するのは、実は利用者だ。ただし、利用をやめることではない。利用後の結果が語られ始めることである。

破綻までの時間、資金繰りの悪化速度、他の選択肢が消えていった過程。これらが点ではなく線として語られた時、2社間ファクタリングは「一時的手段」ではなく「破綻装置」として認識される。その認識が広がった瞬間、市場は急激に冷える。

切り捨ては突然起きる

2社間ファクタリングは、徐々に消えるのではない。ある日突然、扱われなくなる可能性が高い。広告が減り、比較サイトから消え、金融機関が距離を取り、士業が明確に否定する。この連鎖は短期間で起きる。

2026年新春時点では、まだその臨界点には達していない。しかし、条件は揃いつつある。問題が解決されるからではない。問題を抱えたまま、割に合わなくなるからである。

2026年新春の結論

2社間ファクタリングは、今後も当面は残る。しかし永続する金融ではない。規制によってではなく、市場から静かに切り捨てられる。そのタイミングは、誰かの正義によってではなく、誰にとっても得にならなくなった時だ。

そして切り捨てが始まった後、最も早く忘れ去られるのは、業者でも広告でもない。「あの時、止められなかった理由」そのものである。それを記録しておくことだけが、今この時点でできる唯一の現実的な行為だ。