なぜこの市場だけ、規制が“起きない前提”で設計されているのか

ファクタリングのトラブル

2社間ファクタリングを巡る議論で、最も不気味なのは、「なぜここまで問題が指摘され続けているのに、決定的な規制が一切入らないのか」という点だ。ロビー活動が強いからでも、政治が腐っているからでもない。もっと単純で、もっと構造的な理由がある。

この市場は、最初から「規制が起きない前提」で設計されている。その結果として、誰も本気で止めに行けない形に固まってしまっている。

そもそも金融として定義されていないという逃げ道

最大のポイントはここだ。
2社間ファクタリングは、法律上「金融商品」として正面から定義されていない。

建前は「売掛債権の売買」であり、「貸付」ではない。この一点だけで、ほぼすべての金融規制を回避できてしまう。利息制限法も、貸金業法も、出資法も、基本的に適用外だ。結果として、年利換算すれば数百%になる取引が、合法の顔をして成立している。

ここで重要なのは、「抜け道を悪用している」というより、最初から抜け道の上に市場が構築されているという点だ。規制をかけようとすると、「これは金融ではありません」「ただの債権売買です」という反論が即座に成立する。この構造がある限り、立法側は常に後手に回る。

誰が所管するのかが、最初から曖昧

次の問題は、所管の不在だ。

貸金業なら金融庁が動く。
消費者金融なら消費者庁が絡む。
悪質商法なら警察が出てくる。

では2社間ファクタリングは誰の担当か。
これがはっきりしない。

金融庁に投げれば「貸金業ではない」。
経産省に投げれば「民間取引の自由」。
消費者庁に投げれば「事業者向けサービス」。
警察に投げれば「民事不介入」。

この状態が続いている限り、誰も本気でメスを入れる責任主体にならない。結果として、「問題はあるが、今すぐ規制するほどではない」という空気だけが温存される。これは偶然ではない。こういうグレーな商品が、規制を逃れる時の典型的な落ち着き先だ。

規制すると困る側が、想像以上に多すぎる

もう一つ、現実的すぎる理由がある。
規制すると困る側が、あまりにも多い。

・業者は当然、事業が消える
・比較サイトは送客ビジネスが崩壊する
・広告代理店は高単価案件を失う
・銀行は不良債権の延命装置を失う
・税務署は延命した会社からの徴収機会を失う
・倒産件数は短期的に一気に増える

つまり、2社間ファクタリングを本気で規制すると、短期的に「数字が悪化する側」が多すぎる。政治的にも、行政的にも、「今はまだ早い」という判断が量産される構造になっている。

これは陰謀ではない。
単なるコスト計算だ。

規制しない方が「静かに死んでくれる」構造になっている

ここがいちばんグロい部分だ。

2社間ファクタリングは、事業者を救済しているのではない。静かに死なせている。資金ショートを数か月遅らせ、その間に人員整理や廃業準備が進み、表立ったトラブルにならない形で市場から消えていく。

これが何を意味するか。
規制せず放置しておいた方が、「社会的に目立たない倒産」が量産されるということだ。

もし2社間ファクタリングが突然使えなくなれば、資金繰りが詰まっている会社は一気に表面化する。倒産件数は跳ね上がり、失業者も増え、金融機関の貸倒れも一気に可視化される。

つまり、規制しない方が、見た目上は社会が安定して見える。この歪んだ安定装置として、2社間ファクタリングは機能してしまっている。

規制しようとすると「代替案」が必ず要求される罠

さらに厄介なのが、規制を議論しようとすると、必ずこう言われる点だ。

「じゃあ、2社間ファクタリングを潰した後、その会社はどこから金を借りるんですか?」

これは一見まともに見えるが、実務上は完全な罠だ。なぜなら、その代替案は、存在しないからだ。銀行が貸さない、保証協会も使えない、リスケも無理、資産もない。その状態で「代替案を用意しろ」と言われた瞬間、議論は止まる。

結果として、「じゃあ今はまだ規制できないよね」という空気が固定化される。この論法が通用する限り、この市場は永遠にグレーのまま生き残る。

結論 これは偶然ではなく、設計である

このテーマの結論は、かなり冷酷だが、現実的にはこうなる。

2社間ファクタリング市場が、ここまで規制されずに生き残っているのは、偶然でも怠慢でもない。最初から「規制が起きない構造」の上に設計されているからだ。

・金融に定義されていない
・所管が曖昧
・規制すると困る側が多すぎる
・放置した方が社会的に静か
・代替案が存在しない

この五点セットが揃っている以上、この市場は、よほどの大事件でも起きない限り、本格的に規制されることはない。

だからこの問題は、「悪質業者を取り締まれ」というレベルでは終わらない。
そもそも、この市場を生み出した制度設計そのものが、すでに詰んでいるという話なのである。