2社間ファクタリングと国家賠償―過去の金融行政事件は、何を教えているのか

ファクタリングの違法性と契約について

2社間ファクタリングに違法認定が下され、国家賠償の可能性が現実の論点になったとき、最も重要になるのは過去の前例です。金融行政において、監督当局の不作為が違法とされ、国が賠償責任を負った事件は、決して多くありません。しかし、存在しないわけでもありません。その数少ない前例は、今回の問題がどこまで発展し得るのかを、極めて具体的に示しています。

金融行政における国家賠償は、例外的にしか認められてこなかった

まず前提として、日本の裁判所は、金融行政における国家賠償を極めて限定的にしか認めてきません。

金融監督は高度な専門判断と裁量を伴う分野であり、結果が悪かったというだけで直ちに違法と評価することはできない。この考え方が、長年一貫して維持されてきました。

そのため、国家賠償が認められるのは、単なる判断ミスではなく、監督義務の著しい懈怠、すなわち、明白な危険を認識しながら何の措置も取らなかった場合にほぼ限定されています。

この基準は、2社間ファクタリング問題を考えるうえで、極めて重い意味を持ちます。

山一證券事件 破綻を放置した監督の責任は否定された

金融行政事件として最もよく知られているのが、山一證券破綻をめぐる国家賠償訴訟です。

山一證券は、簿外債務の隠蔽という重大な不正を長年続け、最終的に破綻しました。投資家や取引先は、なぜ金融庁はこれを止めなかったのかとして、国を相手に損害賠償を請求しました。

しかし、最高裁は、監督当局に国家賠償責任はないと判断しました。

理由は明確でした。当局は検査を実施し、一定の指導も行っており、不正の全貌を把握できなかったことが直ちに違法な不作為には当たらない。監督には裁量があり、結果論だけで違法とは言えない、という整理です。

この判決は、金融行政における国家賠償のハードルが極めて高いことを、象徴的に示しています。

豊田商事事件 詐欺被害と行政責任の切り分け

より古い事件として、豊田商事事件があります。

金地金商法という詐欺的商法で多数の被害者を出したこの事件でも、被害者は監督官庁の不作為を理由に国家賠償を求めました。

しかし、裁判所は、行政には一般的な監督権限はあるものの、個別の被害発生を防止する義務まで負うものではないとして、国の責任を否定しました。

ここで示されたのは、行政は市場全体の秩序維持を目的とするのであって、個々の取引の安全まで保証するものではないという考え方です。

この理屈は、その後の金融行政事件でも、繰り返し用いられてきました。

消費者金融過払い問題 行政責任は最後まで問われなかった

2社間ファクタリングと最も近い前例が、消費者金融の過払い金問題です。

長年、グレーゾーン金利が放置され、最終的に最高裁が違法と断定し、巨額の過払い返還が発生しました。この過程で、なぜ金融庁はもっと早く是正しなかったのかという批判が強まりましたが、国家賠償が本格的に認められるには至っていません。

行政は、貸金業法の枠内で指導や規制を行っており、違法性が確定する前に積極的介入をしなかったことは裁量の範囲内だと整理されました。

この事例は、2社間ファクタリング問題にとって、最も現実的な比較対象になります。長年の黙認、後追い規制、巨額の被害発生。それでもなお、行政責任は容易には認められなかったのです。

それでも国家賠償が認められた例が存在する意味

ここまで見てきた通り、多くの事件で行政責任は否定されてきました。しかし、例外的に国家賠償が認められた金融行政事件も存在します。

典型例が、貸金業登録の更新拒否をめぐる事件や、無登録業者を長期間放置した事案です。

これらの事件で裁判所が重視したのは、違法性の高度な蓋然性を具体的に認識していたかどうかです。単なる疑いでは足りない。明確な違法情報、被害の継続、内部報告などが存在し、それでも何もしなかった場合に限って、監督不作為が違法と評価されました。

つまり、国家賠償が成立するかどうかは、結果ではなく、当局が「どこまで知っていたか」にほぼ完全に依存します。

2社間ファクタリング問題が、過去と決定的に違う点

ここで重要なのは、2社間ファクタリング問題が、過去の事件と微妙に異なる性格を持っている点です。

第一に、違法性の論点が、業界内では長年、かなり具体的に指摘されてきたこと。
第二に、銀行、証券、ファンドを含む大規模金融グループが関与していること。
第三に、金融庁自身が検査を通じて、スキーム全体を一定程度把握していた可能性が高いこと。

これらが事実であれば、「予見できなかった」「判断できなかった」という抗弁は、過去の事件よりも通りにくくなります。

とくに、内部文書や検査記録の中に、実質貸金の疑いを示す記載が一つでも残っていれば、国家賠償訴訟の構図は一気に変わります。

前例が示すのは、「ほぼ負けないが、負けたときは致命傷」という現実である

過去の金融行政事件が教えているのは、極めて冷酷な事実です。

国家賠償は、ほとんど認められない。
しかし、一度でも認められた瞬間、行政の信用は決定的に失われる。

それは、単なる賠償金の問題ではありません。監督体制の全面見直し、幹部の引責、国会での追及、組織改編。行政組織そのものが揺さぶられます。

2社間ファクタリング問題は、いままさにその分岐点に立っています。

過去の前例が示しているのは、楽観でも悲観でもありません。
「ここまで条件がそろった金融スキームは、ほとんど例がない」という、極めて不穏な事実なのです。