2社間ファクタリングと検査官の距離感―行政は業者とどこまで接触していたのか

ファクタリングの違法性と契約について

2社間ファクタリングが違法と認定される局面に入ったとき、必ず次に焦点となるのが、金融庁検査官と業者との関係です。
制度の欠陥だけでは説明できない空白の年月。これほど長期間、実質貸金の疑いが放置されてきた背景には、単なる見落としでは済まされない「距離の近さ」があったのではないかという疑念が、避けて通れなくなります。

行政はどこまで業者と接触していたのか。
その接触は、監督の範囲にとどまっていたのか、それとも、市場の形成にまで踏み込んでいたのか。

ここから先は、金融行政の中でも最も検証を嫌われる領域に入っていきます。

「形式的なヒアリング」という名の事実上の常時接触

金融庁はこれまで一貫して、業者との関係について「通常のヒアリング」「情報収集の範囲内」と説明してきました。監督官庁が業界団体や事業者と意見交換を行うこと自体は、制度上も想定された業務です。

しかし、2社間ファクタリングの世界では、その接触頻度と密度が、通常の金融商品とは明らかに異なっていました。

業者側は、新商品の設計段階から相談を持ち込みます。
手数料体系をどう表現すれば貸金に見えないか。
契約書の文言をどうすれば債権譲渡に見えるか。
広告表現のどこが危険か。

こうした論点について、行政側が「一般論」と称して助言を繰り返していれば、それはもはや単なる監督ではなく、実質的な制度設計への関与です。

とくに問題なのは、貸金業法該当性という核心部分について、どのようなやり取りが行われていたのか、公式記録がほとんど公開されていない点です。

「検査対象外」という建前が、接触記録を消していく

2社間ファクタリングの巧妙さは、業者そのものが金融庁の直接の登録業者ではない点にあります。貸金業者ではない。銀行でもない。あくまで「債権譲渡業者」であるという建前が、検査の射程を意図的に外しています。

この構造の結果、検査官の接触は、検査調書や検査記録として正式に残らないケースが大量に生まれました。

業界団体との意見交換。
制度説明会後の個別相談。
非公式の情報提供。

これらは、多くの場合、検査記録ではなく「業務メモ」や「内部連絡」にとどまります。そして、一定期間が経過すれば、保存義務もなく消えていく。

違法認定後の裁判で最も問題になるのは、まさにこの部分です。

行政は「関与していない」と主張する。
業者は「行政と相談しながら設計した」と主張する。

しかし、そのどちらを裏付ける公式記録も、ほとんど残っていない。この空白こそが、国家賠償や行政訴訟の最大の争点になります。

検査官は「違法性」をどこまで認識していたのか

最も重大なのは、検査官個人が違法性をどこまで認識していたか、という問題です。

2社間ファクタリングについては、実質貸金の可能性、過剰手数料、反復継続性など、貸金業法該当性を示す要素が、制度発足当初から揃っていました。これは後知恵ではありません。業界内では、かなり早い段階から共有されていた論点です。

それにもかかわらず、金融庁は長年、明確な是正措置を取らなかった。

この事実は、二つの可能性を示します。

一つは、本当に理解していなかったという可能性です。しかし、専門部署の検査官が、この論点を全く認識していなかったと考えるのは、現実的ではありません。

もう一つは、理解したうえで、意図的に踏み込まなかった可能性です。制度改正の困難さ、業界への影響、銀行・ファンドへの波及を恐れて、「問題はあるが、今は動かない」という判断が繰り返されていたとすれば、それは単なる不作為ではなく、政策的な放置です。

ここに至っては、監督責任だけでなく、行政裁量の逸脱が問われる領域に入ります。

業者との距離が最も縮まるのは、「問題が起きた直後」である

もう一つ見逃せないのは、トラブル発生時の接触です。

利用企業からの苦情。
弁護士からの照会。
報道機関からの取材。

こうした動きが出始めた段階で、業者は必ず行政に駆け込みます。対応方針の相談、説明文案の確認、今後の行政対応の探り。

この局面で、検査官がどこまで踏み込んで助言していたのかは、将来、極めて重大な意味を持ちます。

「現時点では違法とは言えない」
「表現を変えれば問題にならない」
「今すぐ是正する必要はない」

こうした発言が記録に残っていれば、それは業者の違法行為を事実上追認した証拠になりかねません。

内部文書とメールは、ほぼ確実に裁判で開示対象になる

違法認定後、国家賠償訴訟や行政訴訟が始まれば、必ず行われるのが、内部文書の開示請求です。

検査メモ。
庁内メール。
業界団体との打合せ記録。
決裁過程の回覧文書。

とくにメールは、最も危険な証拠になります。公式文書では慎重な表現をしていても、内部のやり取りでは、「黒に近い」「危ない」「いつか問題になる」といった率直な表現が残りやすいからです。

ここで、業者との接触を示す記録や、違法性を認識していた痕跡が見つかれば、監督不作為では済まなくなります。

問われるのは、癒着ではなく「制度形成への関与」である

この問題で、よく誤解されるのは、賄賂や接待といった典型的な癒着ばかりが注目される点です。

しかし、2社間ファクタリングで本当に危険なのは、金銭的な癒着ではありません。

制度の抜け穴を、行政と業者が事実上共同で作ってきたのではないか、という疑念です。

形式は監督。
実態は制度設計の助言。
結果として生まれたのが、「合法を装った脱法金融市場」だったとすれば、その責任は、業者だけでは終わりません。

最後に問われるのは、「知らなかった」の一言が通用するのかどうか

この問題が最終局面に入ったとき、検査官たちは必ずこう説明します。

「違法性までは認識していなかった」
「判断が分かれる問題だと思っていた」
「当時の法解釈では問題なかった」

しかし、その言い訳が通用するかどうかは、内部記録次第です。

もし、どこかの時点で、誰かが「これは貸金ではないか」と明確に書いていれば。
もし、「このまま放置すれば危険だ」と警告した文書が残っていれば。

その瞬間から、問題は制度論ではなく、個人の責任に変わります。

2社間ファクタリングの違法認定が本当に恐れられている理由は、市場の崩壊だけではありません。

行政と業者の距離が、どこまで近づいていたのかが、法廷で白日の下にさらされるからです。