金融庁の沈黙

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

――なぜ脱法スキームは「止められなかった」のではなく「止めなかった」のか

■ 行政は自由に沈黙できる立場にはない

まず確認すべき前提がある。金融庁は政策官庁でも、裁量官庁でもない。金融庁は法律によって監督義務を課された規制官庁であり、その権限行使は自由裁量ではなく、法定責務に基づくものである。

金融庁設置法第一条は、金融庁の目的として金融システムの安定の確保、利用者の保護、公正な取引の確保を明示している。これらは行政理念ではなく、明文で課された行政責務である。

したがって、違法性の強い市場を認識しながら調査も指導も処分もしないという対応は、単なる政策判断にはとどまらない。沈黙それ自体が、法的評価の対象となる行政行為である。

■ 貸金業法は当初から射程の外にあったわけではない

最も基本となるルールは貸金業法である。貸金業法は契約名称ではなく実質によって規制対象を判断する法律であり、この実質判断原則は条文、判例、監督指針のいずれにおいても一貫している。

金銭が先に交付され、一定期間後に回収され、対価が上乗せされ、回収不能時に償還請求が行われる構造であれば、契約名が債権売買であっても貸付に該当する。

二社間ファクタリングの中核スキームは、前払いによる資金交付、期日後の回収、償還請求権の設定、高率手数料の徴収という四点において、貸金業法の要件をほぼ完全に満たしていた。

ここで重要なのは、金融庁が新しい解釈を作る必要はなかったという点である。既存の貸金業法の枠組みだけで、十分に規制可能な構造だった。

それにもかかわらず、金融庁は実質貸付としての是正指導を行わず、登録命令も出さず、業界全体に対する包括的調査も長年実施しなかった。これは制度の欠陥ではない。監督義務の不行使である。

■ 無登録営業規制という明白なルールは正面から放置されていた

さらに単純で深刻な問題がある。貸金業を営むには登録が必要であり、無登録営業は刑事罰の対象である。この点は貸金業法第三条および第四十七条で明確に規定されている。

ところが、二社間ファクタリング業者の大半は貸金業登録を持たないまま、実質的な資金供給を反復継続し、利息相当額を徴収して全国規模で営業していた。

これは境界事例ではない。典型的な無登録営業の疑い事案である。

金融庁には報告徴求権、立入検査権、業務停止命令権、刑事告発権限がすべて明示的に付与されている。それでも業界全体を対象とした網羅的調査は長年実施されなかった。

ここで問われるのは、違法かどうか判断できなかったかではない。なぜ無登録営業の可能性すら体系的に調査しなかったのかという点である。これは裁量の問題ではなく、監督権限不行使という法違反の疑いに直結する。

■ 利用者保護義務は最初から正面衝突していた

金融庁の最も重い責務は利用者保護である。この義務は金融庁設置法にとどまらず、金融商品取引法第一条、金融システム改革法、監督指針の全体構造において繰り返し明文化されている。

二社間ファクタリング市場では、年利換算で数百パーセントに及ぶ手数料、継続依存構造、紹介料転嫁、倒産の連鎖が長期間にわたり発生していた。しかも被害者の大半は、中小零細企業という金融行政が最も保護すべき利用者層である。

それにもかかわらず、金融庁は包括的注意喚起も出さず、業界指針も整備せず、体系的な利用者保護措置をほとんど講じなかった。

これは単なる政策判断ではない。法定目的そのものの放棄に近い対応である。

■ 「グレーゾーンだった」という裁量論は条文構造上成立しない

金融庁が想定しうる反論は、ファクタリングは新しい取引形態でありグレーゾーンだったというものである。しかし、この説明は法構造上成立しない。

行政には、実質貸付として貸金業法で処分する義務、無登録営業の疑いとして調査・立入検査を行う義務、利用者保護の観点から解釈指針または注意喚起を公表する義務が常に存在していた。

これらはいずれも裁量の問題ではなく、監督責務の範囲に属する行為である。

問題は判断を誤ったことではない。これらすべてを長期間にわたり体系的に回避してきたことである。沈黙は偶然ではなく、一貫した不介入方針だった可能性が高い。

■ ここで初めて行政不作為という評価が現実性を持つ

以上を整理すれば、規制根拠は当初から存在していた。違法性を示す判例も存在していた。無登録営業の疑いも明白だった。利用者被害は継続的に発生していた。監督権限は全面的に付与されていた。

それでも金融庁は調査をせず、指針を出さず、市場を止めなかった。

この状態はもはや政策判断では説明できない。ここで初めて問題となるのが、国家賠償法上の違法な行政不作為である。

問われているのは結果責任ではない。止められた市場を、なぜ止めなかったのかという作為義務違反そのものである。

■ 次に問われるのは責任主体の切り分けである

ここまでで明らかになったのは、金融庁の沈黙が制度の空白でも判断不能でもなく、複数の明文ルールに反した不作為の積み重ねだったという点である。

では、その不作為の責任は誰に帰属するのか。担当部署なのか、長官なのか、内閣なのか、それとも立法府なのか。

次に検証すべきは責任主体の切り分けである。

「責任主体の切り分け――金融庁・国・内閣・国会、誰が止める義務を負っていたのか」

ここから先が、国家賠償と立法不作為を結びつける核心部分に入っていく。