なぜ2社間ファクタリングでは「断れない条件」が当たり前の顔をして提示されるのか

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

交渉不能という前提自体が、金融として異常である

本来、金融取引において条件とは交渉の対象である。金利、期間、手数料、リスク分担。これらは相互の合意形成によって調整されるべき要素だ。ところが2社間ファクタリングでは、条件は最初から「固定されたもの」として提示される。手数料は下がらない。契約条項は変えられない。異議を挟む余地はない。これは慣行ではなく、異常だ。にもかかわらず、その異常さが問題視されないまま「そういうもの」として受け入れられている。

「早く出す代わりに条件は飲め」という一方的構図

2社間ファクタリングの条件提示は、必ずスピードとセットになっている。即日。最短。今すぐ。この言葉が意味しているのは利便性ではない。交渉権の剥奪だ。時間がない以上、条件を吟味するな。納得できなくても飲め。そう言われているに等しい。これは合意ではない。追い込まれた側に一方的な不利条件を受け入れさせる構図であり、合法ヤミ金が長年用いてきた手法と本質的に変わらない。

なぜ条件が一方的でも問題にならないのか

理由は単純だ。2社間ファクタリングが「金融ではない顔」をしているからである。貸付ではない。融資ではない。債権売買だ。この建前によって、本来金融取引であれば当然問われるはずの公平性、説明義務、条件妥当性が、最初から議論の外に追いやられる。結果として、実質的に金を出している側が、金利もリスクも自由に設定できる状態が放置される。これは制度の抜け穴ではない。抜け穴を前提にした脱法設計だ。

「選択肢がない」状態を作ってから条件を出す

2社間ファクタリングの条件が強気でいられる理由は、利用者が自由な状態で来ていないからだ。銀行に断られ、時間もなく、相談先も見えず、検索結果も業者の説明で埋め尽くされている。その状態で提示される条件は、比較対象を失っている。比較できない条件は、高くても高いと認識されない。理不尽でも理不尽だと判断できない。断れない条件とは、条件そのものではなく、断れない状況が先に作られているということだ。

「自己責任」という言葉で責任だけが押し付けられる

契約が成立した後、問題が表面化すると必ず言われる言葉がある。理解した上で契約したはずだ。自己責任だ。だが、考える時間も、交渉の余地も、比較の機会も与えられていない取引に、自己責任を持ち出すこと自体が欺瞞である。責任を問う前に、判断できる環境が与えられていたのかが問われなければならない。2社間ファクタリングは、その前提を意図的に破壊した上で、責任だけを利用者に押し付ける。

結論:断れない条件が常態化した時点で、それは金融ではない

条件を断れない取引は、合意ではない。選択肢がない状態での同意は、自由意思に基づくものとは言えない。2社間ファクタリングにおいて「断れない条件」が当たり前の顔をして提示されている事実は、このモデルが健全な金融ではなく、脱法金融、合法ヤミ金と呼ばれる所以を端的に示している。条件を飲ませることを前提にしたビジネスが、利用者を救うはずがない。