2社間ファクタリングをめぐる議論で、最も奇妙なのは失敗事例がほとんど可視化されない点である。
倒産に至った企業は存在する。
資金繰りが破綻した経営者も存在する。
それにもかかわらず、2社間ファクタリングが原因だったと整理されるケースは極端に少ない。
これは偶然ではない。
2社間ファクタリングは、構造的に「失敗を証明できない金融」だからである。
1.破綻しても因果関係が切断される仕組み
倒産や廃業が起きたとき、原因は通常いくつかに分類される。
売上減少。
過剰投資。
人件費の高騰。
取引先の倒産。
2社間ファクタリングは、ここに直接入らない。
なぜなら形式上は「資金調達」ではなく「債権の売却」だからだ。
どれだけ高コストであっても、どれだけ資金繰りを圧迫しても、
「ファクタリングを使ったから倒産した」という因果関係は公式には成立しない。
結果として、破綻は常に
経営判断の失敗
経営者の能力不足
として処理される。
2.成功事例だけが残り、失敗は構造的に消える
広告や比較サイトに掲載されるのは、例外なく成功事例である。
「資金繰りを乗り切れた」
「即日で現金化できた」
「倒産を回避できた」
ここでいう成功とは、極めて短期的な定義にすぎない。
数週間、数か月、資金が回ったという事実だけが切り取られる。
一方で、その後どうなったかは追跡されない。
再生できたのか。
別の金融に移行できたのか。
支援制度につながったのか。
これらが検証されることはない。
失敗はデータとして残らず、広告の外側に消える。
3.「失敗」という概念が成立しない金融モデル
通常の金融では、失敗が定義される。
返済不能。
条件違反。
信用失墜。
しかし2社間ファクタリングでは、これらが成立しにくい。
売掛金は買い取られ、契約は履行されている。
業者側にとっては、失敗は起きていない。
失敗が起きるのは、常に利用者側の事業そのものだ。
そしてそれは、金融の問題ではなく、経営の問題として処理される。
この時点で、金融としての責任は完全に切り離される。
4.相談窓口にも統計にも現れない理由
金融トラブルとして扱われない以上、相談窓口にも集計されない。
消費者金融のような枠組みもなければ、ヤミ金のような違法性もない。
結果として、どこにも属さない。
行政統計にも載らない。
被害件数も集計されない。
支援制度の改善にも反映されない。
問題は起きているが、問題としてカウントされない。
これが「社会問題化しない」最大の理由である。
5.広告がつくる「成功した世界」
検索結果に並ぶのは、
「おすすめ」
「比較」
「即日対応」
という言葉ばかりだ。
ここで描かれる世界には、失敗が存在しない。
あるのは、選択と成功だけである。
失敗は、そもそも想定されていない。
想定されていないものは、説明責任も生まれない。
6.失敗はすべて経営者の能力に回収される
2社間ファクタリングを使い、結果的に事業が立ち行かなくなった場合、
語られるのは常にこの言葉だ。
「使い方を間違えた」
「依存したのが悪い」
「経営判断が甘かった」
ここで一度も問われないのが、
なぜその判断しか残っていなかったのか
という点である。
③で述べた通り、選択肢が奪われた結果としての判断であっても、
その経緯は切り落とされる。
7.失敗が見えないから、誰も止められない
失敗が記録されない。
統計にも残らない。
因果関係も切断される。
この条件が揃った金融は、制度側から見れば存在しないも同然である。
止める理由も、改善する根拠も見つからない。
そして次の問題が現れる。
なぜこの金融は、公的支援や救済制度と決定的に噛み合わないのか。
次回は、2社間ファクタリングが「救済制度を無効化する金融」である理由を整理する。
ここが、このシリーズの総決算になる。

