はじめに:拡大するファクタリング市場の裏で
ファクタリングは、企業が保有する売掛債権を第三者に譲渡することによって、早期に資金を確保する手段であり、本来は中小企業の資金繰り支援に資する健全な金融手法である。しかし近年、その枠組みを装った「偽装ファクタリング」なる行為が横行し、事業者に高金利の負担と法的リスクを押し付けるという新たな社会問題へと発展している。
2020年6月、東京弁護士会(以下、東弁)はこうした偽装業者の横行を問題視し、政府に対し取締りの強化と法整備を求める会見を開いた。だが、当該会見や報道記事においては、「偽装ファクタリング」の定義そのものが明確に示されておらず、一般事業者にとってはどこまでが合法で、どこからが違法かの判断が依然として困難な状況にある。
本稿では、弁護士ドットコムが報じた会見の内容を引用・検討しながら、「偽装ファクタリング」とは何か、そしてなぜその定義と制度整備が今、強く求められているのかを考察する。
1. 東京弁護士会の警鐘──「偽装」の中身とは何か
明文化されぬ定義、浮かぶ問題の構造
弁護士ドットコムの記事(2020年6月16日公開)では、東弁が開いた記者会見において、以下のような指摘がなされた。
「ファクタリング」と称しながら債権の譲受人に償還請求権や買戻請求権が付いている場合など、債権の譲受人が回収不能のリスクを負っていないケースは、経済的に貸付けと同様である。
ここで注目すべきは、ファクタリングが「譲渡」であるにもかかわらず、実質的には「貸付」と同じ経済的機能を果たしているとされている点である。つまり、形式上は売掛債権の譲渡であるように見せかけ、リスクの一切を譲渡人に押し戻すことで、実態は貸金であるにもかかわらず、貸金業の登録もせず、利息制限法や出資法の制限も逃れているという構図だ。
このようなスキームを東弁は「偽装ファクタリング」と呼び、違法性を強く疑問視している。だが、ここで重要なのは、東弁自体が「偽装ファクタリングとはこのような類型である」と明確な定義を打ち出しているわけではないという事実である。
2. 2社間ファクタリング自体への批判と混同の危険
「偽装」と「2社間」の混同が招く誤解
今回の会見において、東弁が言及したスキームの多くが2社間ファクタリングの実態と重なる。たとえば、
「譲渡人が譲受人から債権を回収する業務の委託を受け譲受人に支払う仕組みとなっているケース」
これは、まさに2社間ファクタリングの一般的構造である。売掛先に通知を行わず、売掛債権は一応譲渡されたことになっているものの、回収業務は元の債権保有者が引き続き行い、入金後にファクタリング会社へ支払うという形だ。
このような仕組みに対して東弁が「債権担保貸付と同様の機能がある」と評価しているのは、2社間ファクタリングそのものが偽装であるかのような誤解を招きかねない。実際、同様の構造でも適法に運用されているファクタリング業者も存在するため、この批判は業界全体への不信感につながる。
つまり、偽装ファクタリングに特有の違法性(たとえば、金利相当額が出資法違反の上限を超えているか、債務者への通知が完全に省略されており、債権譲渡の対抗要件すら満たされていない等)を個別に特定せずに、2社間スキーム全般を一括して疑問視することには慎重さが求められる。
3. 「金融サービス」ではなく「法の隙間商法」
貸金業法の適用逃れと規制空白
東弁は会見で、偽装ファクタリングが貸金業法や出資法に違反しうると指摘している。たとえば以下のような構造だ:
- 償還請求権が契約に組み込まれ、万が一売掛債権が回収不能となっても譲渡人に全額返還を求める
- 実質的な返済義務があり、しかも割引率が年利換算で利息制限法を大幅に超えている
これはもはや「譲渡」ではなく「貸付」に近い。だが、ファクタリング業は現在の法制度下では貸金業に含まれておらず、監督官庁も定まっていない。金融庁も消費者庁も直接の監督対象としておらず、行政指導も行いにくいのが実情だ。
つまり、偽装ファクタリングは、制度的無関心と法律の境界線の曖昧さを利用した「法の隙間商法」にほかならない。利用者が気づいたときには、法的に無効な契約に基づいて多額の返済を迫られるという悲劇が現実化する。
4. 裁判所も判断が割れる難解な問題
「違法」と断定できない限界
東弁の会見でも指摘されていたように、
「偽装ファクタリングについては、明確に違法だと断定されておらず、司法判断も分かれている」
この点は極めて重大である。すなわち、現行法上では、「これは貸金ではない」とする業者側の主張が通ってしまうこともあり、裁判例によって判断が異なるという不確実性がある。これが結果として、業者にとって「バレても訴訟で逃げ切れる」というインセンティブを生み出している。
本来、金融スキームの合法性にこれほど不確実性があってはならない。だが、ファクタリングという形式自体が「売買」である以上、経済実態を精緻に分析しない限り違法性の有無は判断できず、そのために被害者側の立証責任が極端に重くなっている。
5. 東弁の提言とその意義──制度の再設計を
必要なのは「定義」と「登録制度」
東弁は会見の中で、以下の要請を政府・関係省庁に対して行っている。
- 偽装ファクタリングの摘発・取締りの強化
- 被害者相談窓口の整備
- 貸金業法・出資法の改正
これは的確かつ緊急性の高い提言であるが、最も先に問われるべきは、業界内外に対して「偽装ファクタリングの定義」を法的に明確化することである。それによって、善良な業者と悪質な業者の区別が可能となり、事業者側も安心して取引を行うことができる。
さらに、一定の資本・倫理規定をクリアしたファクタリング業者の登録制度を導入することで、登録業者に対しては法的保護と信用付与を行い、無登録業者には罰則を科す制度設計が求められる。
おわりに:ファクタリングの未来を左右する制度的決断
偽装ファクタリングの問題は、単なる一部業者の不正というだけでなく、制度そのものが未整備であるがゆえに生じている「構造的脆弱性」に起因するものである。東京弁護士会の指摘はまさにその本質を突いたものである一方で、偽装ファクタリングの定義があいまいなままでは、合法業者との線引きも曖昧になり、業界全体の信頼も失われてしまう。
今こそ、ファクタリングを資金繰り支援の制度として社会的に根付かせるために、法的整備と倫理的再編の両輪が必要とされている。「曖昧さを放置するリスク」と「明確に線引きする意志」、そのどちらを社会が選ぶかによって、ファクタリングの未来は大きく変わるだろう。

