2社間ファクタリングが抱える根本的な欺瞞

不存在債権は「詐欺か?」「不当原因給付か?」

2社間ファクタリングの世界では、近年になって“偽装ファクタリング”という言葉が頻繁に使われるようになった。これは、本来の債権譲渡ではなく、実質的には貸付行為であるにもかかわらず、それを偽装してファクタリング取引を装っている業者を指す用語だ。2022年以降、こうした業者に対して摘発や訴訟が相次ぎ、新聞や専門誌でもその違法性が取り上げられるようになった。

注目すべきは、その摘発報道のたびに、現存する2社間ファクタリング業者の多くが、自らのホームページや広報資料で「当社は違法業者とは異なり、適法なスキームで運営しています」と強調し、「偽装ファクタリング業者にはご注意を」との注意喚起を繰り返している点である。だが、その言葉の裏には、自らの行為の実態を曖昧にするための“防衛的ポーズ”が透けて見える。

なぜなら、摘発された「偽装ファクタリング業者」と、現在営業を続けるほとんどの2社間ファクタリング業者のスキームに、明確な法的差異は存在しないからである。

“形式”だけが違法なのか?

例えば、摘発された業者の典型的なスキームはこうだ。資金繰りに困った事業者に対し、「売掛債権の買取」と称して資金を渡す。だが、実際にはその売掛債権の存在確認も十分に行わず、債務者への通知もない。数週間~数カ月後に高額の“手数料”を加えて返済させる。契約書上は“債権譲渡”だが、実質的には短期高利の貸付であり、契約内容から見ても貸金業に極めて近いとされた。

このスキームは、現在も多くの業者が採用している2社間ファクタリングと、何が違うのだろうか。債権の通知が行われないこと。支払いの期日が短期であること。手数料が高額であること。契約条項の実質が返済義務を負わせるものであること。これらは、摘発業者と“合法”を名乗る業者の両方に共通している構造である。

では、なぜ片方は摘発され、片方は営業を続けていられるのか。その答えは、法的な“運用のさじ加減”にすぎない。違法性の線引きは曖昧で、結局のところ摘発された業者は“やりすぎた”からアウトだったというだけの話だ。たとえスキームの本質が同じであっても、契約書の表現を少し曖昧にし、督促の文言をマイルドにし、利用者の声をネットから消す努力をすれば、“合法”を装える。これは制度的な欺瞞であり、極めて悪質な“自己正当化”にほかならない。

「違法業者との違いを強調する」ことの危うさ

2社間ファクタリング業者が「摘発された業者とは異なる」と主張するのは、自らの存在を正当化するための常套句だ。だがその主張は、あたかも「自分たちは法のグレーゾーンの中でうまく立ち回っているから合法だ」と言っているようにも聞こえる。これは、違法性の実質的判断を避け、表面だけを取り繕う姿勢にほかならない。

実際、これらの業者の多くが、債権の真贋確認を十分に行わず、通知もしないまま「売掛債権の買取」を名乗っている。手数料の実質年利は100%を超える例も珍しくなく、それでも貸金業法の対象外であることを理由に“正当性”を主張する。摘発された業者と何が違うのかと問えば、返ってくるのは「契約書の内容が違う」「当社は丁寧に説明している」という、形式論に過ぎない。

これは、制度の不備を逆手に取った、“適法性の演出”である。そうした演出のために、他業者を切り捨て、「あれは偽装ファクタリングだ」と公言する姿は、むしろ自らのスキームが摘発対象になる可能性を本質的に抱えていることの裏返しなのではないか。

問われるのは「実質」――制度不在が生むモラルハザード

本来、法制度の健全性は、“形式”ではなく“実質”によって担保されるべきである。ファクタリングという金融手法が社会的に正当な役割を果たすためには、その運用実態が真に「債権譲渡」として機能しているかどうか、債務者に通知されているか、買い取った債権の価値が担保されているかといった、具体的な運用基準が必要だ。

ところが日本には、2社間ファクタリングに対する包括的な法規制が存在しない。その空白をついて、各業者が独自に“合法スレスレ”のスキームを構築し、違法摘発された業者だけを“特異点”として処理することで、自らの正当性を装ってきた。これは、規制の不在が招いたモラルハザードに他ならない。

終わりに――「線引き」は誰のためにあるのか

摘発されたファクタリング業者を「偽装業者」として切り捨て、それと自らを区別する。こうした構図は一見、金融市場の健全化に資するように見える。だが、その実態は、制度の不在を隠れ蓑にした“自己正当化のための分断”に過ぎない。実際には、同じようなスキームで、多くの中小事業者が過剰な負担を強いられている。

本当に必要なのは、「違法か適法か」という曖昧な線引きではなく、「誰のための制度か」「どのような基準が健全なのか」という根本的な問いに答える立法と行政の介入である。そして司法は、その“実質”を見極める目を持たなければならない。

「偽装ファクタリング業者にご注意を」という警告が、ただのアリバイ作りに終わらないよう、私たちはその言葉の裏にある“共通の構造”と向き合うべき時に来ている。