■ 年利100%超の「合法ビジネス」とは何か
2社間ファクタリングは、表面的には「借入ではなく売掛債権の譲渡」「手数料制」とされる資金調達スキームです。最近ではOLTA社がこのビジネスモデルをDX化し、八十二銀行、東邦銀行、佐賀銀行などと提携して“地域企業支援”を掲げています。
しかしこの「手数料」という言葉の裏には、年利換算で100%を超える極めて高コストの実態が隠されています。
たとえば、手数料9%で30日間の売掛金をファクタリングした場合、これは1年間に12回繰り返すと単純に9% × 12=108%の実質利率になります。月1回の利用でも、借入と同様の金融行為を行いながら、年利100%超という高利水準に相当するのです。
これが「合法」の看板を掲げて堂々と銀行と提携して展開されている現実。
もはやこれは、ヤミ金の論理が制度の裏口から堂々と入り込んでいる構造と言わざるを得ません。
■ 「借入ではないから問題ない」という欺瞞
2社間ファクタリングの最も巧妙な点は、あくまで「売掛債権の譲渡」という形式をとることで、貸金業法の金利制限(年利15~20%)を回避していることです。
しかし、その実態は何か?
- 資金を調達するために
- 利息に相当する高額な手数料を払い
- 返済(支払い)義務を負う構造
これはどう見ても融資に近い金融取引です。形式上は「物の売買(債権譲渡)」でも、経済実質はほぼ間違いなく「貸金」と変わりません。にもかかわらず、制度の空白を突いて、手数料という名で年利100%超の資金提供が合法風にまかり通っている。これは脱法ビジネスの典型例です。
■ 「大手がやってるから大丈夫」の嘘
このような高利構造にもかかわらず、なぜ中小企業は警戒せず飛びついてしまうのか。その理由の一つが、**「地方銀行や三井住友カード、GMOグループなどと提携しているから安心」**という幻想です。
OLTAは、自社のクラウドファクタリングサービスを、地方銀行とOEM提携することで全国に拡大しています。例えば東邦銀行や山梨中央銀行、八十二銀行など、信頼感のある地方金融機関のロゴと共に「すぐ資金化できます」「借入じゃないから安心」と宣伝される。
だがその裏で、年利換算100%超の手数料が課され、二重譲渡・信用毀損のリスクまで押し付けられているのが実態です。
信用力の高い金融機関がこのスキームに“お墨付き”を与えてしまうことで、利用者はそのリスクの本質に気づけず、逆に「銀行が関与しているなら大丈夫だろう」と思ってしまう。
この構造は、制度の盲点と信用の悪用が結託した、最も卑劣なタイプの搾取構造です。
■ 本来、貸金業なら違法レベル
貸金業法には、「年利15~20%」という明確な上限金利が定められています。さらに出資法では、年利109.5%超は刑事罰の対象(違法利息)とされています。
つまり、2社間ファクタリングを金利換算した場合、その多くは出資法の上限に近い、あるいは超えている場合もあるのです。
にもかかわらず、「これは売掛債権の売買なので貸金ではない」として、業者も銀行も処罰されない。これは法の精神を骨抜きにする脱法行為です。そしてその構造に銀行が乗ってしまっているという現実は、もはや経済倫理の崩壊と言っていい。
■ 銀行が担うべきガバナンス放棄
多くの地方銀行はファクタリングを「融資代替やスピード資金調達策」として認識していますが、その正当性は不透明です。むしろ「監督省庁が不在のまま利用を推進してしまっている」状態。これを「社会支援」といって済むのでしょうか。
銀行は典型的には規制当局との接点を持ち、社内審査やモラルチェックの仕組みを備えています。にもかかわらず、こうしたグレーゾーン業態に安易に関与し、旗を振る態度は許容できません。
■ 監督官庁は不在、被害者は放置
さらに問題なのは、このような高利ファクタリングを監督する制度が未整備であることです。ファクタリング業者は貸金業登録も不要で、金融庁や消費者庁の直接監視下にありません。
つまり、誰も取り締まっていないのに、誰かが“安心”と勘違いして使ってしまう。そんな仕組みが国の中枢をすり抜けて、いま堂々と蔓延しているのです。
銀行の責任も重い。彼らには、自らの信用力が中小企業に与える影響を深く理解し、制度上のリスクを見抜く力と、倫理に基づいた取捨選択の責任があるはずです。それを放棄して、脱法スキームの幇助者となることは断じて許されません。
■ 結語:脱法の仮面を剥げ
我々が今目にしているのは、「銀行が関わっているから安全」と誤解させ、合法の皮を被った搾取ビジネスが堂々と蔓延している風景です。
形式を装っただけの脱法商法に、“手数料”という言葉の衣を着せて、年利100%超の搾取が行われている。それに大手企業や地方銀行が加担している。これはもはや「グレー」ではなく、「制度を使った合法装いのブラックビジネス」と言うべきです。
信用を貸すという行為には、責任が伴う。
金融機関はその事実を直視し、自らの手で脱法ビジネスへの加担を断ち切るべきです。
それができなければ、信用の意味は地に堕ち、最終的にツケを払うのは、いつも弱者たちなのです。

