■ 「怒りに震えた」のは正しい。しかし――
冒頭、筆者が語る「社長が追い出され、会社が抜け殻になった」という体験談は、実に生々しい。そしてそれを受けて「怒りに震えた」と綴る気持ちは、2社間ファクタリングの被害に接した者なら誰しも共感するところである。
また、ファクタリングの仕組みや失敗事例、金利換算した際の実質利息の異常性(年利360%)などを紹介する構成も、啓発記事として非常によくできている。
だがその一方で、この文章が致命的に踏み込み切れていない部分がある。それは、
「なぜ、こうした実態が“合法”としてまかり通っているのか」
に関する核心的な分析が抜け落ちている点である。
■ 「制度の欺瞞」から目を逸らしてはならない
文中にはこうある。
「ファクタリングは、売掛金の売買ということで貸金業法の規制を受けない。明確に取り締まる法律が現在はありません」
これは事実だ。だが問題は、ここで止まってしまっている点にある。
つまり、“制度の抜け穴”があることは認めつつも、それを利用して**貸金業者としての実態を隠蔽しているプレイヤーを、なぜ糾弾しないのか?**という疑問が残る。
たとえば、2社間ファクタリングにおける以下のような記述:
「あなたは、ファクタリング会社に売却した売掛金の回収業務を、そのファクタリング会社から受託しているという立て付けになるのです」
これは、売却した債権を売主が回収するという、法的に矛盾した構造を言い換えて正当化しているに過ぎない。第三者から見れば、それは売却ではなく借入による資金の一時的受領=融資に他ならない。
この法的フィクションこそが、2社間ファクタリング最大の欺瞞である。ここに踏み込まない限り、いくら悲劇の事例を並べても、“根本解決”にはつながらない。
■ 是とするなら、何を肯定するのか?
この文章は最後にこう語る。
「私たちの仕事は、中小企業の社長の想いを未来へとつなげること。正直なところ、2社間のファクタリングはほとんどが、そのための障害になると思っています。だから私は反対なのです」
この結論は極めて妥当である。だが、その論拠として「実際の支払い手数料が高すぎる」とか、「担保や登記で信用毀損が起きる」といった副次的な現象が中心になっており、本質的な制度設計の欠陥=偽装貸付という構図には言及されていない。
要するに、「反対」しているように見えて、問題の“制度的な正体”までは追及しない、もしくはできないという限界がある。
これは、おそらく筆者が「資金繰りコンサルタント」という立場であり、金融規制そのものに対する制度的批判を業として行う立場にないからだろう。
■ 是とする部分:経営者への警告としての価値
ただし、この文章には明確に価値ある側面も存在する。
- 「損益への影響を甘く見るな」
- 「目先の資金繰りに飛びついても根本は解決しない」
- 「黒字化の設計とセットでなければ再生はない」
という一連の指摘は、まさにその通りだ。経営者の多くが、「売掛金さえ早く手元に来れば乗り切れる」と誤解してファクタリングに手を出し、結果的に手数料倒れで会社を窒息させてしまう。
この「構造的な資金ショート地獄」に警鐘を鳴らす姿勢は、是として評価されるべきだ。
■ 「この業界は闇金の抜け道である」と言い切るべき
それでも、核心はここに尽きる。
「これは売買だが、実態は融資である」
「だから利息制限法も、貸金業法も届かない」
この構図を放置する限り、2社間ファクタリングは合法ヤミ金の温床であり続ける。
これを「グレーゾーン」とか「注意して使えば安全」などと曖昧に語ること自体が、すでにこの制度の共犯者である。筆者が本当に怒りを覚えているなら、やるべきことは一つだ。
「これは、偽装貸付であり、規制の抜け穴を使った脱法行為である」
と、明言すべきだったのである。
■ 結語:怒りを構造批判へと昇華せよ
2社間ファクタリングは、たしかに緊急時の手段として短期的には役立つこともあるかもしれない。だが、その実態が「契約書だけが債権売買を装っている貸付」である限り、これは実質的な高利貸しであり、構造的に持続可能な資金調達手段ではない。
この制度を存続させることは、利用者を“合法的に追い詰める”仕組みを温存することに等しい。
したがって、我々がなすべきは、ファクタリング利用者に対して注意喚起を促すことだけではない。
- 制度としての2社間ファクタリングそのものを廃止・規制対象とするべき
- 名ばかりの“売買契約”が“実態としての融資”である場合は貸金業と同等の扱いとするべき
- 虚偽の契約書作成を助長する業者には、行政処分を含む強力な監視と罰則を科すべき
この方向性で、怒りを“制度設計への提言”として昇華させることが、真に中小企業の未来を守ることにつながる。

