Ⅰ. 法の網をかいくぐる「金融の影」
現代の金融取引は、高度化したテクノロジーと複雑な法体系の隙間に入り込み、「合法」を掲げながら実態としては違法スレスレの行為が横行している。その代表格が「脱法金融」だ。
脱法金融とは、法の規制対象外の形式を装いながら、実質的に貸金業・高利取引と同等の行為を行う金融ビジネスである。かつては「名義貸し」「預託商法」「仮想通貨投資」などが主な手口だったが、いまやAI審査やスコア与信の導入によって、より巧妙な姿に変化している。
問題は、これらが一見して「正規サービス」に見える点だ。派手な広告、整った契約書、そして「即日資金化」「柔軟対応」といったキャッチコピー。利用者は“助けてくれる存在”と錯覚し、法的保護を期待して契約に踏み込んでしまう。だが、その裏では、返済不能に陥った顧客から徹底的に資金を吸い上げる仕組みが待ち受けている。
Ⅱ. 架空の事例:広告代理店代表・K氏の転落
東京で小さな広告代理店を営むK氏は、コロナ禍以降の取引減で資金繰りに追われていた。銀行融資の審査に落ち、ネット広告で見かけた「フリーランス向け即日資金サービス」に申し込んだ。サイトには「融資ではなく、将来報酬の買取」「信用情報に傷がつかない」と明記されていた。
初回は数十万円が即日振り込まれ、安心したK氏は2回目・3回目の契約も繰り返した。しかし、実際には「報酬買取」ではなく「将来報酬担保型の貸付」だった。返済が1日でも遅れると、「債権譲渡」「報酬差押え」といった文言で脅しが入り、結果としてK氏は毎月の売上の大半を“返済”に充てざるを得なくなった。
このような仕組みは、表面上は契約の自由に基づく「債権取引」だが、実態としては高利貸付そのものである。それでも取り締まりが難しいのは、形式上の合法性が保たれているからだ。
Ⅲ. 行政が踏み込めない構造的理由
脱法金融が摘発されにくい最大の理由は、現行法の想定外にある。貸金業法や出資法は、「貸付」や「利息」といった概念に基づいて規制を行っている。しかし、脱法金融業者は契約書上それを巧妙に回避する。
たとえば――
- 「買取契約」と称して利息を「手数料」に変える
- 「契約解除金」「再契約料」といった形で追加徴収する
- 契約を分割・委託することで実質金利を隠す
このようなスキームが成立する限り、監督官庁も「形式的には問題なし」と判断するしかない。実際に被害が出ても、民事上の紛争として処理され、刑事事件に発展するケースはごくわずかである。
Ⅳ. 「危険金融」への連鎖 ― 見えない被害の拡大
脱法金融の被害は、単に資金を失うことにとどまらない。その背後には、信用スコア社会と連動した構造的なリスクがある。AI与信システムが個人や企業のデータを自動スコア化し、返済遅延や契約トラブルを「信用低下」として記録する。
結果として、脱法金融に一度関わると、正式な融資ルートへのアクセスがさらに難しくなる。これが「危険金融」への連鎖を生む。正規の金融から排除された個人・中小企業が、次々と脱法金融・合法ヤミ金へと流れ込む構図ができあがっているのだ。
つまり、脱法金融とは単なる違法スレスレの商法ではなく、社会的排除の再生産装置として機能している。これが放置される限り、健全な信用社会の回復はあり得ない。
Ⅴ. ステルスマーケティングと「第三者装い型広告」
近年、この種の脱法金融を拡大させているのが、ネット上の**ステルスマーケティング(ステマ)**である。広告と記事、口コミの境界を曖昧にし、第三者のレビューを装って契約を誘導する。
「経営者の救世主」「審査不要の資金調達」といった記事風コンテンツの多くが、実は業者による自作自演であり、アフィリエイト報酬が背後に存在する。読者はそれを“体験談”や“比較記事”と信じ込み、事実上のヤミ金スキームにアクセスしてしまう。
この「情報の偽装」こそ、脱法金融の最大の武器だ。法を避けるだけでなく、倫理的境界までも侵食していく。つまり脱法金融は、金融問題であると同時に、情報社会が生んだメディア犯罪でもある。
Ⅵ. 取り締まりの限界と今後の課題
現在、行政はこうした行為に対して「注意喚起」や「広告規制強化」を行っているが、実効性は乏しい。新たなスキームが次々と生まれ、規制の網をすり抜けていくからだ。
また、AIスコアや信用情報の非公開性も問題である。利用者は自分のスコアがどのように算出され、誰に共有されているのかを知らない。その不透明性が、脱法金融を助長している。
今後求められるのは、形式ではなく実質で判断する法制度だ。契約名目ではなく、実際の金銭授受の構造を基準に規制する。さらに、金融広告の倫理基準を明確にし、第三者装い型広告を「虚偽表示」として処罰対象にする必要がある。
Ⅶ. 結語 ― 「見えない闇」に光を
脱法金融とは、法を破らずに人を破滅させる構造である。
法の文言を守りながら、法の精神を破壊する存在――それがこの問題の本質だ。
行政が形式に囚われている限り、被害は止まらない。私たちが求めるべきは、「法の遵守」ではなく、「公正の実現」である。
脱法金融を見抜く眼を社会全体が持ち、危険金融・合法ヤミ金と並んでその構造を明らかにしていくこと。そこにこそ、再構築された信用社会への第一歩がある。

